018 一攫千金

「こ、これ、日本円ですか!? 本当に!? 2億円!?」


「そうだよ。今日をもってこことおさらばになる代わりに2億円もらえるんだ。もっとも、アメリカ政府が申請を却下したら1億円になるがな」


「その点はご安心いただいて問題ないかと」とエージェント。


「ということらしいから、2億円が手に入るぞ」


「す、すす、すごいじゃないですか! お金持ちですね! ユウト君!」


 テーブルをバンバン叩いて興奮するカスミ。


「俺だけじゃないよ」


「ふぇぇ?」


「半分はカスミのものだ」


「えっ、私!?」


「当たり前だろ、俺たちはチームなんだから」


「でも、私、ユウト君がここを発見した時、PTに参加していませんでしたよ? 私にお金を貰う資格はないんじゃ……」


「細かいことは気にするな。俺がそうしたいからするんだ。たしかに俺は金にがめついが、だからといって仲間を差し置いて独り占めするほどじゃないさ」


「ユウト君……すごい……」


 カスミの顔が赤くなる。

 目には涙が浮かんでいた。

 よほど嬉しいようだ。


「なんにせよこれで契約完了だな」


 俺たちは契約書にサインし終えた。


「それではワードをお願いします」


 エージェントがアタッシェケースからノートPCを取り出した。

 ゲートワードの入力欄だけがポツンと画面に表示されている。

 そこにワードを打ち込めということらしい。


「これでよし」


 ゆっくり『潤滑油野郎、ペンを売れずに敗北』と打ち込む。

 興奮から手が震えてしまい、入力するのに苦労した。


「本当に間違ってないよな? ……うん、大丈夫だ」


 何度も確認した。

 それから癖でエンターをターンッと叩く。

 が、ゲート生成器と違うのでゲートは現れなかった。


「少々お待ちください」


 言われたとおりに待っていると、エージェントのスマホが鳴った。


「その道を真っ直ぐ進んで頂いて、右手のフロアです。で、そこの一番奥にある部屋です」


 エージェントが話し終えると、部屋の扉が開いた。

 エージェントと同じくサングラスをした連中が入ってくる。

 例外なく男で、軍人のようなムキムキボディだ。


「ユ、ユウト君、これって……」


「もしかして、嵌められたのか!?」


「「ひえぇぇぇぇぇぇぇ」」


 俺とカスミは震えながら抱き合う。

 ここで殺されるのではないかと不安になった。

 しかし、そんなことはなかった。


「ゲートワードの確認が取れました」


 エージェントが無表情で言う。


「えっと、その、怖い人たちは……?」


「ゲートワードが正しいかを確認するために呼ばせていただきました。説明不足で申し訳ございませんでした」


「「ホッ」」


「お二方の冒険者カードにそれぞれ5000万円ずつ、計1億円を振り込ませていただきました」


 とエージェントが言うので、私物を回収してギルドへ戻る。

 インフォメーションの受付嬢に確認したところ、たしかに振り込まれていた。

 それからほどなくして、追加の1億円が支払われる。

 あっという間に俺たちの貯金はそれぞれ1億円になった。

 エージェントと顔合わせをしてから1時間足らずの出来事である。


 ――俺とカスミ、エージェントの3人は再びギルドの前へ。


「金好様、吉見様、この度は素晴らしいダンジョンをお譲りいただきありがとうございました」


「いえいえ」


「と、とんでもございません! こちらこそありがとうございました!」


「本契約につきましては、約9時間後の会見で、ステーブン・スペンバーグ本人から公表されることとなります。契約書に記載されておりますとおり、それまでは口外なさらないよう、よろしくお願いいたします」


「「はい!」」


「それでは、私はこれで」


 颯爽と去っていくエージェント。

 俺たちはただただポカンと口を開けて間抜け面で見送る。


 エージェントが消えた後、カスミが言った。


「こ、こんな簡単に、1億円をもらっていいのでしょうか……?」


「現実味がないよな」


「はい……」


 何から何まで急過ぎて素直に喜べない俺たちだった。


 ◇


 その夜。

 エージェントの言うとおり、スペンバーグは会見で契約について話した。

 長らく探していた理想のロケ地が見つかったと興奮気味に捲し立てている。


 会見の模様に合わせて、ワイプでは俺の配信動画が流されていた。

 画面の隅には「巨匠スペンバーグ、新作のロケ地は世界初となるダンジョンに決定! ゲートワードを売ったのは日本人YOTUBER!」と書いている。


 俺たちはキャンピングカーから、スマホで会見を観ていた。


「すげぇ、すげぇぞ、カスミ!」


「どうしたんですか!?」


「この会見のおかげで潤滑油野郎の配信動画にアクセス殺到だ!」


「おお!」


 ヨウツベのアクセス数がガンガン上がっていく。

 今回は冒険者動画のファンではなく、映画ファンがメインだ。

 スペンバーグの新作映画の撮影場所ということで興味津々である。

 俺の配信動画だというのに、なぜかコメント欄はスペンバーグや主演のトム・フルーズを応援するコメントで埋まっていた。


「広告収入もガンガン入ってくるぞ!」


 脳内でチャリンチャリンとお金の音が鳴り響いていた。


「これでしばらくは遊んで暮らせますね、ユウト君!」


 カスミが声を弾ませる。


「いいや、それは違うぞ」


 俺は首を振った。


「違うのですか!?」


「むしろここからが正念場、稼ぎ時だ」


「えええええ!? まだお金を稼ぐんですか!?」


「当たり前だろ」


 俺は「考えてみろ」と右の人差し指を立てる。


「一般的な日本人の生涯賃金は2.5億円と言われている。だがこれは平均値であり、実際は2億円前後が多いそうだ。ところが俺たちの稼ぎは1億……2億の半分しかねぇ。しかもこれから先にはアホみたいな額の税金が待っている」


「言われてみれば……」


「すると、だ。遊んで暮らすにはまだまだお金が必要なんだ。だからこそ稼ぐ。脂の乗っている今の内に稼ぐんだ。そんなわけでカスミ、カメラを持て!」


 ハンディカメラをカスミに渡す。

 駄弁り配信用に買ったが1ヶ月で使わなくなった物だ。

 それで俺を撮影させて、ヨウツベの配信を開始した。


 配信タイトルは決まっている。

 ステーブン・スペンバーグとの取り引きについて話します、だ。

 スペンバーグの会見が終わったので、もう好き放題に話して構わない。


 配信を開始した瞬間からアクセスが殺到した。

 まだ「マイクチェック、テステス」しか喋っていないのに、リアルタイムで10万人の人間が俺を観ている。

 初めてバズった時と違い、注目を浴びても怖くない。むしろ嬉しい。


 何度か深呼吸した後、カスミの持つカメラに向かって口を開く。


「どうも! ユウトです! 本日もよろしくお願いいたします! えー、ニュースで観た人も多いと思うのですが! なんと! あの! ステーブン・スペンバーグさんに、僕が発見したダンジョンのゲートワードを買い取っていただきました! ここで冒険者のことを知らない人に解説するとですね! 冒険者は――ペラペラ、ペラペラ」


 身振り手振りを交えて上機嫌で話す。

 ゲートワードを伏せる必要もないので舌が回る。回りに回る。


「以上! 今日はいつもと違う感じになりましたがこれでおしまいです! よろしければ高評価、チャンネル登録もお願いします! それと、他の動画や配信なんかも観てくださいね! ではサラバッ!」


 カメラに向かって手を振りながら配信を終了する。

 それが終わると大きく息を吐き、直ちに視聴者の反応を確認。

 配信中は流れるのが早すぎて読めなかったコメントを読む。


「ほれみろ、大盛況だ!」


「すごい! やっぱりユウト君はすごいです!」


 今日の配信動画は過去三番目の反響だった。

 一番目は玉金スナイプで、二番目が潤滑油野郎だ。


 チャンネル登録者数の伸びは今日が過去最高だった。

 3万人から一気に15万人まで伸びたのだ。

 どこの馬の骨とも分からん日本の若者がステーブン・スペンバーグを相手に億単位の取り引きをしたというのが大きい。

 多くの日本人がジャパニーズ・ドリームを感じたようだ。


 コメントも好意的なものに支配されている。

 たまにあるネガティブなコメントは剥き出しの嫉妬だ。

 声がきもい、顔がきもい、まぐれ、調子に乗りすぎ、などなど。

 そういった声すらも心地よく感じた。


「さてさて、ユウト君!」


 一段落した時、カスミが近づいてきて、握りこぶしを向けてきた。

 どうやらマイクに見立てているようだ。


「今回の配信も大成功でしたが、これからどうしますか!?」


「ふっ、そんなのは決まっている」


 俺は既に明日以降の予定を考えていた。


「まずは家を建てる――住所不定の底辺野郎から脱却する時だ!」

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