019 第一章エピローグ:念願のマイホーム

 翌日、俺は家の獲得に動き出した。

 住所不定野郎から卒業し、一般人になる時だ。


「本当についてくるのか? ただ不動産業者と会うだけだが」


「いいんです! ユウト君の傍にいたいんです!」


「なんだか恋人のようなセリフだな」


「だ、だって……」


「だって?」


「いいじゃないですか! なんでも!」


 意味が分からない。

 だが、明らかにカスミは、昨夜から様子がおかしかった。

 俺がポンと1億円を分けてやったのが大きいようだ。


 それほど1億円が嬉しかったのだろうか?

 いや、それは当たり前か。

 1億も分けてもらって嬉しくない奴などいない。


 よく分からないが、とにかく何か変わったようだ。

 俺を見る目が明らかにこれまでと違う。

 どうみてもメロメロ、うっとりしていた。


「ささ、ついていくので先導して下さい!」


 ピンクの原付に乗り、フルフェイスのヘルメットを被るカスミ。


「あー、分かったよ」


 俺は半帽ハーフヘルメットを被り、備え付けのゴーグルを装着。

 カスミに「行くぞ」と声を掛け、原付を走らせた。


 ◇


 あきる野市にやってきた。

 奥多摩や八王子の近くにある市だ。

 そこに俺の家が建つ予定の土地がある。


「お待ちしておりました、金好様!」


 奥多摩第2ギルドの近くにある空き地に業者の男はいた。

 俺の親父と同い年くらいのおっさんだ。

 俺たちは原付を空き地の傍に停め、男の前に向かう。


「ふむ、思ったより広いな」


 それが俺の感想だった。


「思ったよりって、ユウト君、ここのこと知っていたんですか?」


「当然だ。誰が業者を手配したと思っている。事前にネットで調べておいた」


「おー!」


「昨日の夜にメールで問い合わせし、今朝、電話でやり取りした。ここはあきる野市だが、そこらの奥多摩よりも奥多摩第2ギルドまで近い。今後も快適にギルドへ赴けるってものだ」


 業者の男が「流石です」と思ってもない言葉を言う。

 顔には「なんでもいいから早く話を進めろ」と書いている。

 スペンバーグと取り引きした男に対する態度としては不適切だ。

 けしからん。


「流石です!」


 カスミも同じセリフを言った。

 その顔には「流石です!」と書いている。

 こちらは心からの言葉だ。


「土地の購入って調査とかいるみたいだけど、大丈夫なんだっけ?」


 今朝の電話で話したことを確認する。


「はい、大丈夫です。偶然にも先日キャンセルした人がいまして、その時に調査をしましたので……こちらがその資料になります」


 男が大量の紙を渡してくる。

 俺はそれらの紙を受け取り、「精読しておくように」とカスミに流した。


「ちょ、えええ! ユウト君、私、分かりませんよ!?」


「俺の役に立ちたいんだろ? 頑張れ」


 カスミは昨夜から「役に立ちたい」と連呼していた。

 それを逆手に取っての発言だ。


「うぅぅぅ……頑張りますよぅ」


 拗ねたように頬を膨らましつつ、カスミは資料に目を通す。


「で、この土地の価格は? ネットだと3000万だったが?」


 分かりやすい値下げ要求。


「即決していただけるのであれば2800にさせていただきます」


「一括で払うから2000になんねーかな?」


 これは親父から教わった交渉法だ。

 大きな買い物をする時、一括払いだと値下げしてくれる。

 それがどうしてなのか、社会経験のない俺には分からない。

 だが、そのテクニックはここでも効果があった。


「少々お待ちを……」


 業者の男は少し離れた場所へ移動して電話を始めた。

 そこで何やら話をしてから戻ってくる。


「2000は流石に厳しいですが、2500ならどうにか……」


「ではそれで買おう」


「えっ!? そんなにあっさり買っちゃうんですか!?」


 驚いているのはカスミだ。


「そうだが、それが何か?」


「だって2500万ですよ! 2500万円! 大きな買い物ですよ!」


「分かっているさ。だから値切ったんじゃないか」


「だからってあっさりしすぎですよ!」


「いいんだよ。家は必需品だしな。それに――」


「それに?」


「いや、後で話す」


 カスミとの会話を打ち切り、業者の男と話を詰める。

 そこから先は驚く程トントン拍子で進んだ。


 業者にとって、俺はよほどの上客らしい。

 今日中じゃないとダメと言ったら、ものの一時間で手続きを済ませてくれた。


「こちらが購入証明書になります!」


 紙切れをもらい、この土地の権利者が俺になった。


(よほどこの土地を手放したかったのだろうなぁ)


 消えていく業者の後ろ姿を眺めながら思った。

 この土地のいい点はギルドが近いというただ一点のみ。

 交通の便は悪いし、付近の施設にめぼしいものはない。

 コンビニですらパッと見渡した限りでは見つからなかった。

 そんなクソみたいな場所だから安いのも頷ける。


「そろそろ教えてくださいよ!」


 カスミが詰め寄ってきた。

 弾力満点の胸を俺の右腕に押し当てながら尋ねてくる。


「さっき途中で言うのをやめた『それに』ってなんですか?」


「あぁ」


 すっかり忘れていた。


「ちょうどそろそろ分かる頃だ」


 待つことしばらく。

 その時がやってきた。

 別の業者がやってきたのだ。

 とんでもないもの運んできている。


「ユウト君、あれってなんですか?」


「見ての通りコンテナさ」


 そう、それはコンテナだった。


「コンテナ!?」


「さっきの続きだが、俺はこう言いたかったんだ。『それに、家は既に手配済みだからな』と」


「えっ、じゃあ、あのコンテナって家なんですか!?」


「そうさ」


 俺の土地にコンテナが置かれる。

 それは人が住めるように改造されたコンテナ。

 いわゆるコンテナハウスだ。

 工事をすればガスや水道、電気も通るようになる。


「土地の広さに対してコンテナが小さすぎませんか?」


「いいんだよ、これで」


「どうしてですか?」


「あとで拡張できるからさ」


「拡張!?」


「このコンテナハウスは追加料金を払えば拡張することが可能なんだ。縦にも横にも拡張できるぜ。追加のコンテナを置いて、壁をぶちぬいて連結させるだけだからな」


「凄い!」


「もちろん建築関係の法律もクリアしている。だからコイツは立派な家なのさ」


 話している間にもコンテナの設置が完了する。

 位置の調整や耐震だか何だかの工事も無事終了だ。


「さっそく中に入ってみようぜ」


「はい!」


 コンテナハウスの中を確認する。

 当然ではあるが、まだ何もない。

 今はインフラも死んでいる為、本当にただのコンテナだ。


「これがユウト君の家になるんですね!」


「俺たちの家さ」


「えっ」頬が赤くなるカスミ。


「だってこれからも一緒に過ごすだろ?」


「そ、そうですが……」


「だったら俺たちの家さ」


 カスミが「うへへ」と変な笑い方をする。

 普通のことを言っただけなのに嬉しそうだ。


「ですよね、ですよね、私たちのお家です!」


「お金は俺だけしか払っていないけどな」


「じゃあ、コンテナ代や家具代は私が出しますよ!」


「別にかまわないさ。ちなみに家具も既に手配済みだよ」


「早っ! って、もしここの土地が買えなかったらどうしていたんですか!?」


「そりゃ全部キャンセルさ」


「大胆過ぎですよ!」


「それが俺なのさ」


「じゃ、じゃあ、私、インフラ関係の工事をお願いしてきます!」


「それは忘れていたな、よろしく頼むよ」


「はい!」


「あと住民票も何かしないといけないはずだから、そういう手続きのこととかも調べておいて。俺は言われたことだけやるから。それと税金関係もよろしく。冒険者って個人事業主扱いだったと思うけど、そもそもそれが何かも分かんねーし」


「はい! はい! はいぃぃぃぃぃ!」


 カスミが高速でスマホをタップしている。

 雑務を押し付けられた人間とは思えない笑顔だ。


 そんなカスミを見て苦笑いを浮かべると、コンテナから出た。

 土地の端からコンテナを眺めて、大きく「ふぅ」と息を吐く。


「これが俺のマイホームか」


 ある日いきなり家を追い出されてから約2ヶ月。

 色々とあったけれど、どうにか住居・住所を得ることができた。

 ようやく住所不定野郎の汚名を返上したのだ。

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