011 怒濤の正論パンチ

 バズりにバズりまくってウハウハの次の日。


 朝、俺たちはテンプレワードのF級ダンジョンに来ていた。

 そこは大草原で、上空に無数の真っ赤な鷹が飛んでいる。

 攻撃時以外は空に待避しているクソMOBことレッドホークだ。

 臆病な魔物なので普通だと倒すのに苦労する。

 ……が、そんな敵にも弱点があり、それが雷霆だ。


「ここは雷霆武器を試すのに最適な場所として知られているんだ。レッドホーク以外に魔物がいない上に、草原なので敵も視認しやすい」


 俺は[雷霆]オーシャンズブレードを構えた。


「行くぜ、カスミ」


「いつでも!」


「唸れ雷霆ィ!」


 何もないところで素振りする。

 ブンッと鈍い音が聞こえた。

 次の瞬間、雷が降り注ぐ。


「「「ギョエー!」」」


 空から3羽の鷹が落ちてくる。


「もらったァ!」


 降ってきた鷹に水平斬りで追撃。

 だが、俺の剣はスカッと見事に空を切る。

 その直後、追撃の雷が3羽の鷹を焼き殺した。


「な? 完璧だったろ?」


「……二発目がヒットしていればそうでした」


「いやいや、あれは狙い通りさ。雷霆で殺す為のな」


「本当ですか?」


 ジーッと細目で俺を見てくるカスミ。


「ほ、本当だ」


「うっそだー!」


「なな、なんにせよ、鷹は死んだ! これが雷霆だ!」


「たしかにそれは凄かったです!」


 カスミが拍手する。

 俺は「ふふん」と鼻を伸ばした。


「雷霆の特徴は空の敵にもしっかり命中するということだ」


「それでレッドホークが最適なんですね」


「そういうことだ」


 これが雷霆のド定番の使い方だ。

 だが、俺たちの場合、もっといい活用方法がある。


「唸れ雷霆ィ! オラオラ、オララァ!」


 ズドーン、ズドドーン、ズドドドーン!


「グォオオオオオオ」


「今日の日課しゅーりょー!」


 窪みに篭もってジャイアントのボスをハメ殺すのに使うのだ。

 昨日見つけたダンジョン『ユウト君は変態です』でも雷霆は役に立った。


「せっかく買ったクロスボウだけど、もういらねぇな」


「私のホールドも不要になっちゃいましたね……」


「ホールドは此処まで安全に逃げる為に役立つから必要だ」


 窪みに引きこもり、雷霆を連発する。

 これだけで全長15メートル級のボスはケロッと死んだ。


「カスミの言うとおり、この武器は金にしないで正解だったな」


「ユウト君、昨日より輝いていましたよ!」


「これからもっと輝くぜ。俺は雷霆を極める!」


「カッコイイです!」


「ふふっ、まぁな」


 こうして朝の内に最低限の金を稼ぎ終えるのだった。


 ◇


 昼食後、午後の活動が始まるわけだが……。


(カスミがいないと面白味に欠けるな)


 残念なことに、午後は一人で過ごすことになった。

 カスミは大学のオンライン講義を受ける為、家に篭もっているのだ。

 家と言っても俺の車の中なのだが。

 彼女は今、俺のノートPCを使って必死に勉強している。


「どうしたものかな」


 ギルドのテーブル席に座ってスマホをいじる。

 癖でヨウツベにアクセスしてしまった。


「ついに4桁を超えたか……」


 昨日の配信動画の視聴回数が1200万を突破していた。

 チャンネル登録者数は7500まで爆上がりしている。


 とはいえ、既に日本では盛り上がりが落ち着きつつある。

 所詮は「なかなか画期的なハメ技」といった認識なのだ。

 向こう数年にわたって伝えられるレベルの衝撃ではなかった。

 それにネット民は飽きるのが早い。


 今は海外を中心にバズっていた。

 おかげさまでヨウツベのコメント欄は外国語ばかりだ。

 英語、ドイツ語、フランス語、中にはアラビラ語まであった。


 当然ながら外国にも冒険者稼業がある。

 いや、むしろ外国のほうが主流で、日本は遅れ気味だ。

 特にアメリカでは冒険者の社会的地位が高く、冒険者の数も多い。

 今やアメリカンドリームと言えばベガスのカジノではなく冒険者だ。


 逆に日本では冒険者の人気がそれほど高くない。

 稼ぎがいい反面、誰でもなれる上に死のリスクが高いからだ。

 なので日本だと、冒険者よりも公務員の方がウケがいい。


「もしかして、ユウト?」


 スマホを眺めていると声を掛けられた。

 知らないおっさんの三人組だ。


「そうだけど」


「昨日のジャイアントの配信動画、観たよ」


 まさかの視聴者である。


「よかったら握手してくれないか?」


「別にいいよ。俺でよければ」


 おっさんたちと握手を交わす。

 これが有名人になるということなのか。


「ところでユウト、ものは相談なんだが」


 おっさんの一人がヘラヘラ笑いながら言う。


「昨日のジャイアントのゲートワード、教えてくれないか?」


「えっ」


「もちろんタダとは言わない。金なら払う。100万でどうだ?」


「100万円だと!?」


「そうだ」


 とんでもない額を提示してきやがった。

 俺の口から『ユウト君は変態です』と言うだけで100万円が貰えるのだ。


「悪いけどそれじゃ教えられないな」


 だが、俺の返事はノーだった。

 即答だ。悩む余地がない。論外だ。


「どうしてだよ!?」


 急に口調が荒くなるおっさん。

 一瞬たじろいだが、それで意見を曲げる俺ではない。


「足りないよ、額が」


「なに?」


「俺たちはあのダンジョンを独占してんだ。誰にも教えていねぇ。だが、あんたらに教えたら最後、情報は瞬く間に拡散されるだろう」


「100万も出して買うのにそんなことするわけねぇだろ」


「そんな保証がどこにある? あんたらがどれだけ言おうが、なんだったら契約書や誓約書を書こうが、なんの信用にもならねぇ」


「ならお前はいくらを希望するんだよ」


「最低でも1400万」


「はぁ!? 吹っ掛けるのもいい加減にしろよ!」


 おっさんが机を叩く。

 凄まじい音が鳴り、周囲の人間が見てくるが、やはり関係ない。


「あんたこそふざけた条件を提示するのはいい加減にしろよ。独占している情報を特別に教えるんだから1400万は妥当だろうがよ。こっそり教えてもらおうってのに、100万なんてちっぽけな額、どうやって算出したんだ?」


「だったらお前の言う1400万はどうなんだよ」


「質問に質問で返すか……まぁいい、教えてやる」


 俺は嘲笑を浮かべながら解説した。


「あのボスの魔石は6万が相場だ。換金所で聞いた話だと、ボスの魔石は買い取り強化で高くなることはあっても、下がることは絶対にない。ただまぁ、特別に上振れ余地もなくして、ぴったり6万円で計算しよう。

 年中無休で働くバカはいないから、年に235回ボスを倒す――つまり235日働くとして、魔石は確実に6万円だから、235日×6万で1410万稼げるわけだ。そこから動画を観てくれたお礼ってことで端数の10万を切り捨てたら1400万。なにもおかしいことは言っていないだろ?」


「ぐっ……」


「あのダンジョンのワードは簡単にバレることはない。しかも配信動画のとおりハメ殺しなので楽勝だ。実は今朝も狩ってきたが、2回目にして危なげなく狩れたよ。その上、移動時間を含めても30分すらかからなかった。

 分かるか? 日に30分足らずの労働で6万円を稼げるんだ。それも楽にな。1日の労働時間は30分、年間の労働日数は235日、これで年に1400万稼げる。そんなネタを100万で譲ってくれと言われたらどう思う? 俺ならこう思うね――こいつの頭には脳みそが詰まってねぇのかってね」


 正論に次ぐ正論。

 俺の正論パンチでおっさんはフルボッコだ。


「ググ、グググッ……」


 おっさん共の歯ぎしりの音が響く。


「分かったら出直しな。1400万でも売る気はない。最低でも3000万は積んでこい」


「舐めやがって! 覚えてろよ、クソガキが!」


 おっさん共は地面に唾を吐いて退散した。

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