012 潤滑油野郎、ペンを売れずに敗北

 ギルドにいると色々な同業者から声を掛けられた。

 ただ声を掛けてくるだけの者から、ゲートワードを教えろと言う者まで。

 最初は嬉しかったが、次第に鬱陶しくなってきた。


 これが“次のステージ”に進むということなんだろうな。

 もはや今の俺は、昨日までの俺とは同じ次元にいないのだ。


「といっても、実際はラッキーパンチもいいところのクソ新米なんだよなぁ」


 ゲート生成器の前で独り言。

 ダンジョンへ行こうと思うが、具体的なことが閃かない。

 バズったあとに行う初めての配信というのが影響している。


(ここでクソみたいな配信をするとチャンネル登録者が減りそうだ……)


 その恐怖から前に進めなかった。

 単独でボスに挑んでスリリングな配信を目指すべきか。

 いや、新米の俺にそんなのは荷が重すぎる。

 かといって、昨日みたいなハメ技を狙うのも難しい。


(ダメだ……配信するだけ逆効果、リスナーの減る未来しか見えねぇ)


 ゲート生成器の前で抜け殻のように呆然とする。

 半開きの口から涎を垂らして天井を見つめる姿はまるで廃人だ。


「おつおつー、面接どだったー?」


 背後で同い年くらいの男が就活の話をしている。

 話し相手も同じような男だ。

 どちらもカスミと同じ大学生冒険者なのだろう。

 就活と言っているから4年生か。


「いやー、まじであの質問が出るとは思わなかったよ」


「あの質問って?」


「このペンを私に1万円で売ってくださいってやつ」


「えっ? マジでそんなの出たの? お前が潤滑油みたいな顔だから?」


「潤滑油みたいな顔ってなんだよ。でもマジで出たんだよ」


 潤滑油の下りが俺のツボに入った。

 興味を持ったのでもう少し盗み聞きしておこう。


「で、どう答えたんだ?」


「初面接だからパニくっちゃってさ、『それは私の物じゃないので売れません』とか言っちまったよ」


「なんだそれ、お前馬鹿すぎだろ、うけるわ」


「ていうかあの質問って何なの? 何を見てるわけ?」


「そりゃ売り方じゃねぇの? 需要と供給的な? なんかあるんでしょ」


「要するにゴミみたいなペンでも売り方を変えたら1万の価値があるってこと?」


「そうじゃねぇの? 知らないけど」


 そこで俺は思わず「それだ!」と叫んでしまう。

 なんだあいつは、という顔で皆が見てくる。

 就活の話をしていた奴等も見てきた。

 が、俺は何食わぬ顔でゲート生成器を操作する。


(そうだよ、大事なのは売り方なんだよ!)


 危うく底辺ヨーチューバーが陥る罠に嵌まりかけていた。

 無謀な戦いをしたり苦戦を演じたりして人気を高めようと思っていたのだ。

 違う、そうじゃないだろ。


(俺はガチの初心者なんだから、それをウリにすればいいんだ)


 初心者にしか出せない良さや着眼点がある。

 初々しさから来るものだって視聴者にはウケるのだ。

 デビュー戦のスライム狩り配信がその典型である。


 俺は日々の狩りを率直に伝えていくことに決めた。

 他のヨーチューバーみたいに脚色や演出にこだわらない。

 地味な回があってもいい。それが俺なんだ。

 俺の生き様を観てもらう。


 いざとなれば『ユウト君は変態です』で生計を立てられる。

 そのことが俺の背中を後押しした。


「これで……どうだ!」


 適当に入力した言葉でゲートの分析を行う。


==================

【名 前】潤滑油野郎、ペンを売れずに敗北

【ランク】F

【タイプ】空

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 ダンジョンタイプが空なのは気になる。


 空は基本的に飛空艇の甲板で戦闘を行うのだ。

 甲板から落ちたら死ぬ上に、魔物は空を飛んでいることが多い。

 また、倒した魔物の魔石は飛空艇に引き寄せられるのだが、これもトラブルの元になっている。

 複数のPTがある場合、誰の魔石か分からなくなって奪い合いに発展するのだ。

 だから空タイプのダンジョンは嫌われている。


「他の奴と被ったら撤退すればいい」


 右の脇に差している杖を手で叩いた。

 それはカスミが愛用しているホールドワンドだ。

 彼女が狩りに行けないとのことで借りてきた。

 今はオーシャンズブレードとホールドワンドの二刀流だ。

 クロスボウは邪魔なのでおいてきた。


「よーし、頑張るぞ!」


 俺は『潤滑油野郎、ペンを売れずに敗北』に向かった。


 ◇


 ゲートの先は飛空艇の操縦席だった。

 全ての席に人の姿はなく、オートパイロットだ。

 全自動なので自分で操縦することはできない。

 子供を操縦席に座らせても安心だ。


「とりあえず敵を探すか」


 配信を開始して、ケルベロスを召喚した。


「敵を探してこい」


「ワーン」


 ケルベロスが艇内を走っていく。

 俺はワンドを左手、剣を右手に持ってそのあとに続く。


 中は想像以上に広かった。

 客室は何百とあり、他にも何かと目を引く。

 巨大な室内プールに展望ジェットバス、それにジップラインまで。

 カフェのような場所から厨房まで、さながら豪華客船にいるようだ。


 ただし、乗客は俺だけである。

 もっと言えば、乗員乗客を合わせても俺しかいない。

 ダンジョンには冒険者以外の人間がいないのだ。


「おーい、誰かいねぇのかー!」


 こう叫んだところで返事はない。


「ワーン!」


 と思ったら返事があった。ケルベロスだ。


「敵はいたか?」


 戻ってきたケルベロスに尋ねる。


「ワゥゥゥン」


 首を振っている。

 どうやら敵はいないようだ。


「F級だからボスもいないよな」


 艇内に何もいないということは、やはり敵は甲板か。

 俺はケルベロスを先行させて甲板に向かった。

 ――だが、しかし。


「いねぇ」


 敵の姿が見当たらない。

 甲板からは空が見えるだけだ。


「ケルベロスがいるからステルスの可能性もないし……」


 意味が分からない。

 俺は困惑しながらも油断せずに敵を探す。

 しばらく甲板にいるも変化がなかったので、艇内に戻った。


「おーい、敵さーん」


「ワーン、ワンワーン」


 ケルベロスと手分けして敵を探す。


「やっぱりいねぇ」


 2時間ほと探し回ったが、敵は見つからなかった。

 こうなるともはや敵はいないと考えるのがいいだろう。


「敵のいないダンジョンか」


 ダンジョンについては世界的に不明な点が多い。

 だから、こういうことがあってもおかしくはない。


「しかし、困ったな」


 いくらなんでもこれでは画的にまずいだろう。

 ワンドをしまい、おそるおそるスマホを取り出して確認する。


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0083 未登録ユーザ:はよ戦え

0091 名無し君3号:つか敵どこ?

0173 ダッドリー:歩いてばっかりかよ!

0199 吉岡41歳:ゴミダンジョンだな

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 やはり荒れていた。

 ヨウツベでは怒濤の低評価ラッシュである。


 そりゃそうだ。

 2時間以上も歩き回って何もないのだから。

 コメントにも盛り上がりが見られない。

 カスミがいないからかTAROMARUも無言だ。

 そういえばTAROMARUの奴、昨日も終盤はいなかったな。


(まずいな)


 スマホを戻し、どう挽回しようか考えていた。

 既に日が暮れ始めており、今から別のダンジョンに行く気も起こらない。

 ここで配信をやめたらブーイングの嵐は避けられないだろう。

 いくら生き様をウリにするといっても、これは流石によろしくない。

 せっかくだから視聴者に楽しんでもらいたいところだ。

 ――と、その時だった。


「そうか……その手があったか……」


 閃いてしまった。

 この欠陥ダンジョンの正しい利用法を。


「リスナーの皆、分かるか? ここは最高の当たりダンジョンだ!」


 俺はアクションカメラのレンズを自分に向ける。

 反対の手にはスマホを握っていた。


「なんたって敵がいないんだ! この意味が分かるか!?」


 コメント欄には「は?」とか「どういうこと?」という発言が並ぶ。

 それを見た俺はニヤリと笑った。


「どういうことかは今から証明してやるぜ! これを見たら今すぐにここのゲートワードを知りたくて仕方なくなるはずだ!」


 俺は艇内を駆けだした。

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