007 背中合わせ
「分かっているのか? ベッドはその小さい一人用のやつが一つあるだけなんだぞ!? かといって床は汚いし、眠れるだけのスペースもない」
素っ頓狂な声を出す俺。
「やっぱり、ダメ……ですか?」
「いや、ダメじゃない、ダメじゃないんだよ」
ダメなわけあるか。
歓迎……! むしろウェルカム……!
「会ったばかりの男と一緒に寝るなんて正気じゃないぞ? 俺が危ない奴だったらどうするんだよ」
「自分でそう言うなら大丈夫だと思いますよ、たぶん」
カスミはよほど泊まりたいらしい。
いや、おそらく……。
「もしかして、家に帰るのが嫌なのか?」
「……はい」
思った通りだ。
ここに泊まりたいのではなく、家に帰りたくないのだ。
「狩りの時にも言ったのですが、お父さんがリストラされちゃって」
「言っていたな」
「お母さんはずっと専業主婦だったから、一気に収入がなくなったんです。もともとウチは裕福とは言えない家庭でして、私の大学進学も奨学金でどうにかって感じだったのですが……」
「それで?」
「最近、お金のことで両親が喧嘩しているんです。前まではすごく仲が良かったのに、今はもう毎日が喧嘩の連続で……」
「だから帰りたくないと」
目に涙を浮かべながらコクリと頷くカスミ。
「なるほどなぁ」
事情はよく分かった。
「だが、そういう事情だと手放しで泊めることはできないな。まずは親に電話して友達のところに泊まると言うんだ。それで了承を得られたらかまわないよ」
「親に電話……」
「キャンピングカーで生活しているってことで分かると思うが、俺は親に家を追い出されてね。しかも両親はどこかに引っ越したから、もはや会うことができないんだ。連絡を取ろうにも電話番号すら変わっていたし」
「そんな」
「家を追い出された時は両親のことが憎くてたまらなかったけど、今はどちらかといえば寂しい気持ちのほうが強い。カスミの家も離婚したらそうなっちゃうかもしれないから、今はしっかり連絡しておくほうがいいと思うよ。それに、連絡しないと心配して警察に捜索願を出すかもしれないし」
「分かりました。電話をかけます」
「おう」
カスミがその場で親に電話をかける。
「しばらく友達の家に泊まるから戻れないよ。うん、大丈夫。それじゃ、また」
電話はあっさり終了した。
この時、俺はあるワードが引っかかった。
(しばらく友達の家に泊まる? しばらく……?)
首を傾げている間に、カスミが通話を終える。
力ない笑みをこちらに向けてきた。
「お待たせしました! これで大丈夫です!」
「それはいいけど……今、『しばらく』って言ってなかったか?」
「えっ? あ、はい、言っちゃいました」
「それって、もしかして?」
「ユウト君さえよければなんですが、今後も……」
やっぱりそういうことかー!
とてつもない衝撃が俺の全身を突き抜ける。
初PT、ライン交換、そして、しばらくの同棲だ!
許されるのかこの展開、許されるのか?
(ママ、パパ、俺を追い出してくれてありがとう……!)
「やっぱりしばらくの間お邪魔させてもらうのはダメですよね」
「ダメじゃない! OK! 大歓迎! 飽きるまで泊まってって!」
「ありがとうございます。ユウト君は本当に優しいですね」
「はは、まぁね」
俺はカスミから目を逸らし、シャワー室を指す。
「シャワーでも浴びたらどうだ? 狩りのあとだから汗でベタついているだろ」
「ありがとうございます! では遠慮なくお借りします!」
「バスタオルは適当に使ってくれ。ベッドの傍に積んである」
「分かりました!」
カスミがシャワー室に入っていく。
「なんてこったぁ……」
何度も、何度も、何度も深呼吸する。
そうやって興奮を抑えようとしたが、どうにもならなかった。
今宵、俺は大人になるかもしれない。
◇
クソ狭いシャワー室でシャワーを終え、就寝時間。
駐車場の機械に延長料金を払ったら車に戻ってベッドへ。
カスミは既に横になっていて、こちらに背を向けていた。
「カスミ、本当にいいのか? 今からでも家まで送ってやれるぞ」
「大丈夫です」
背中を向けたまま答えるカスミ。
「俺だって男だぜ。大人しくしていられる保証はないぞ」
念の為に警告する。
あとから警察に行かれても困るから。
「その時は……仕方ないと思います」
「そ、そうか。とにかく、俺は再三にわたって確認したからな」
「はい、分かっています」
「ならいい」
俺もベッドに入った。
シングルベッドなので尋常じゃなく窮屈だ。
とてもではないが仰向けで眠ることなどできない。
(カスミの甘い匂いがする……やばい……)
互いの背中が当たっている。
背後からは女特有の甘い香りがむんむんだ。
「おやすみなさい、ユウト君」
「あ、ああ、おやすみ」
電気を消す――が、当然ながら眠れない。
(あれだけ確認したし、抱きついてもいいよな?)
後ろからカスミに抱きつきたい。
それくらいしたってかまわないはずだ。
もっともそれくらいで済むかは分からない。
おそらく済まないだろう。
どこまでも暴走するはずだ。
カスミだってその展開を覚悟しているだろう。
先ほどのやり取りは、実質的に事前通知と承諾だ。
そういうことが起きるけどいいですか、いいですよ。
そんな確認を別の言葉で行っただけのこと。
なのに……。
(できねぇ)
俺には勇気が足りなかった。
振り返ることができない。
背中と背中を合わせるだけで精一杯。
(頼む、俺に力を貸してくれ)
情けないが、俺は頼ることにした。
ネット民に。
日本最大の匿名掲示板にアクセスする。
ニートだった頃はよく利用していたサイトだ。
家を追い出されてからもしばしば顔を出している。
だから悩むことなくスレッドを建てることができた。
スレッド名:19歳JDと同じベッドで寝てるんだが
本文:緊張して眠れなくて草 ちな童21歳
投稿開始から数秒でレスがつきまくった。
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0002 名無し:襲え
0003 名無し:写真うp
0004 名無し:ヨウツベで実況配信しろ
0005 名無し:画像もないとか使えないイッチやな
0006 名無し:その子可愛い? おっぱいでかい?
0007 スレ主:>>6 可愛い、でかい
0008 名無し:はよ写真UPか配信しろ、できないなら死ね
0009 名無し:相手は待ってるで、はよ襲ったらんかい 男やろ
0010 名無し:据え膳食わぬは男の恥という言葉がありましてね
0011 名無し:無能なイッチ、親の顔がみたい
0012 スコール:襲うのは日本国憲法的にNG
0013 名無し:>>12 こいつイッチの自演やろ
0014 名無し:>>12 きしょいんじゃボケ
0015 名無し:>>12 クソコテの存在がNG定期
0016 名無し:イッチ試しにおっぱい揉んでみようや
0017 名無し:減るもんちゃうしセーフやで
0018 名無し:てかイッチが女の可能性あるんちゃう?
0019 名無し:>>18 イッチちな童言うとったやんけ
0020 名無し:>>19 女なら童貞やから間違いちゃうやろ
0021 名無し:>>20 天才やん
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匿名の住民が織りなす欲望に忠実なやり取りが心を落ち着かせる。
それを眺めている内に眠くなり、気がつくと俺は眠っていた。
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