008 ユウト君は変態です

 朝、俺はカスミの声で目が覚めた。


「ユウト君、起きてください! ユウト君!」


「なんだよぉ……」


「うぅぅ、早く起きてくださいよ!」


 カスミが喚くので意識が覚醒していく。

 で、自分の手が彼女の胸を鷲掴みしていることに気づいた。

 いつの間にか反転して、背後から抱きつき、がっつり揉んでいたのだ。


「おお、この触り心地は!」


「やだー!」


 カスミに吹き飛ばされる。

 狭いベッドから転がり落ちてしまった。


(痛ぇ……でも、プラマイでいったらプラスだな、これ)


 手に残るボインちゃんの感触をDNAに刻み込んだ。


 ◇


 朝食後、特区内の服屋に向かった。

 カスミが着替えを買いたいと言い出したからだ。

 どうやら家まで取りに戻るつもりはないらしい。


「特区内の服屋ってこんな感じだったのか」


 服屋に入って驚いた。

 売っている商品が一般的な服屋と違ったのだ。

 マントや鎧など、RPGで防具として出てきそうな物が多い。

 一般的な店だとコスプレ扱いされるだろう。


「カスミの服もここで買ったんだな」


「そうなんですよ! 可愛いですよね、このセット!」


 カスミの纏っている黒のローブとトンガリハットが売っていた。

 それらはセットになっていて、商品名は『魔術師セット・レディース・黒』。


「ユウト君も何か買ったらどうですか? 安いですし!」


 彼女は下着から魔術師セットまでの一式を籠に詰めている。

 それらの合計価格は2万円にも満たないので、たしかに高くはない。


「そうするか。鎧を着けているほうが動画映えするしな」


 俺は男性用のコーナーに移動し、適当に物色する。

 最初は金属の甲冑などが目に付いたが、想像以上に重いので却下だ。

 ゲームと違い、リアルだとゴツゴツした鎧など装備したくない。


「これでいいか」


 悩んだ挙げ句、革の鎧を購入した。

 値段は7800円。

 ゲームだと防御力が15くらいは上がりそうだ。

 なお、現実では防御力が1上がって移動速度が5は落ちる。


「さっそく装備していくかい?」


 店員のおっさんが尋ねてきた。

 ゲームでありがちな質問に心が躍る。


「頼むぜ!」


 元気よく答える。

 近くに壺があったら割りたい気分だ。


「ほいよ」


 おっさんは鎧のタグを切って渡してきた。

 嗚呼、現実だ。


「サンキュ!」


 俺は受け取り、流れるように装備する。


「腰の部分、捻れてるよ。つけかたが間違ってる」


「うるせぇ、これが俺のスタイルなんだよ」


 俺は早足でレジから離れる。

 おっさんの死角に移動してから、先ほど指摘された部分を正した。


「やれやれ、空気の読めないおっさんだぜ」


 レジでお支払い中のカスミを眺めながらボソッと呟いた。


 ◇


 俺は武器屋にやってきた。

 カスミが洗濯予定の服を車へ置きに戻っていて暇だからだ。

 それに欲しい武器があった。


「1万円だよ。矢も買っていくかい?」


「おう。滅多に使わないから矢は上等なやつで頼む」


「ならこいつはどうだい? 鋼の矢だ。D級だぜ」


「じゃあそれを20本で」


「さっきの1万と合わせて1万6000円だ」


「はいよ」


 ということで、俺はクロスボウを購入した。

 剣で届かない敵をコイツで仕留めたい、と考えている。

 矢が金の掛かる消耗品なので、メインの武器にするのは難しい。


 そんなクロスボウだが、本体はF級のノーマルクロスボウだ。

 一方、矢は鋼の矢というD級の代物である。

 この場合、攻撃力はどういう扱いになるのだろう。

 FとDを足して割ってE級といったところか。


「いい矢を買っても本体が微妙だと意味ないんだけどなぁ」


 俺の心を読んだかの如き発言をするおっさん。


「なら安い矢に変更――」


「それはできないよー。残念だったねー」


 ふざけてやがる。

 一昨日といい、武器屋のおっさんはカスだ。


「まぁいい」


 俺は武器屋をあとにして、カスミと合流した。


 ◇


 ギルドにやってきた。

 貧乏暇なしってことで今日も狩りだ。

 しかし、その前に。


「俺たちの目的は一緒だ」


 ゲート生成器の前で話す。


「目的って?」


「できるかぎり安全且つ楽に稼ぐこと。最強なんてものに興味はない」


「たしかに」


 俺たちはスライムハンターと同じタイプだ。

 魔物から地球を守る為に狩りをしているわけではない。

 崇高な使命感などなく、ただ金を稼ぐ為に戦っている。


「であれば、狙いは楽に稼げるダンジョンだ」


 今のところ、俺たちの知っている一番の稼ぎ場はギョーテイマシマシだ。

 正式名称『餃子定食ニンニクマシマシで』である。

 だが、ギョーテイマシマシはそれほど優れているとは言えない。


 たしかにカスミがいればトレントは楽勝だ。

 ケルベロスがいるので敵を探すのに苦労することもない。

 一方で、敵の数がそれほど多くないのだ。

 十分な数を狩るには走り回る必要があり、ヘトヘトになる。

 実は今、俺とカスミの脚部は筋肉痛なのだ。


「考えていたんだが、今日はボスに挑もうと思う」


「ボ、ボスですか!?」


「そうだ」


 ボスはE級以上のダンジョンに存在している。

 各ダンジョンに1体しかおらず、倒すと翌日まで現れない。

 その強さや魔石の換金レートはザコと比較にならない。


「ボスなら倒すのは1体でいい。サクッと倒すことができれば短時間でガッツリ稼げるだろう。現にボス狩りを専門とする冒険者が存在するわけだし」


 冒険者の中でも荒稼ぎしているのがボス狩り専門の連中だ。

 複数の縄張りを転々としてボスだけを倒して回るプロである。


「で、でも、ボスは危険ですよ!?」


「普通ならそうだな」


「普通なら?」


「カスミのホールドワンドを使えば大丈夫だろう。あの武器はD級だ。E級のボスにも通用するだろう。カスミが縛ってくれたら、あとは俺が安全に倒せる。ザコに比べて時間がかかるのは確実だが、それでも危険は少ないだろうよ」


「そ、そうなんですか!? 私、そういうの詳しくなくて」


「俺はヨウツベで色々な動画を観てきた動画ガチ勢だぜ。間違いないさ。それに、厳しいなら逃げ帰ればいい。ホールドで固めている間にゲートへGOだ」


「なるほど、ユウト君、頼もしいです!」


「へへっ、まぁな」


 こうして今日はE級のボスを狩ることに決まった。

 意見がまとまったのでゲートの生成に取りかかる。

 ……が、またしてもここで手間取った。


「思ったよりボスがいないな」


 E級以上のダンジョンは、転移前にボスの有無が分かる。

 どうにか見つけたいくつかのE級は、全てボスがいなかった。

 討伐されたのか、それとも元からいないダンジョンなのかは分からない。


「なにかいいワードがないかな?」


「私に打たせてください!」


 俺に代わってカスミが入力する。

 すると、一発でボスのいるE級ダンジョンがヒットした。


==================

【名 前】ユウト君は変態です

【ランク】E

【タイプ】荒野

【ボ ス】有

==================


「なんてワードなんだ!」


「今朝の仕返しです!」


「クッ……」


 ゲートワードは気に入らないが、条件は合っている。

 このダンジョンにしよう。


「準備はいいな? 行くぞ!」


「はいー!」


 俺たちは生成したゲートをくぐった。

 一瞬で視界が変わり、辺り一面に荒野が広がった。

 そこら中に小さな岩山が乱立していて、砂塵が舞っている。


 幸いにも周囲にザコの姿が見当たらない。

 ボスに取り巻きのザコが多くいるダンジョンだと撤退予定だった。


 そして、ありがたいことにボスは一瞬で見つかった。

 ――の、だが。


「ユウト君、あれがボスですよね!?」


「そ、そうだな……」


「やっぱりボスは大きいですねー!」


「あ、あぁ、そうだな……」


 予想外の事態が起きた。

 カスミは分かっていないようだが、これはまずい。


(あのボス、デカすぎねぇ?)


 ボスは人型の巨人――ジャイアント。

 その全長は15メートル程あった。


 俺たちが縦に立たせたティッシュ箱を簡単に踏み潰せるように、

 ボスも軽々と俺たちをペシャンコに踏み潰すことができるのだ!

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