006 予想だにしない発言

 その後も俺たちはギョーテイマシマシで狩りに耽った。

 敵はトレントの他にスライムもいたが、どちらにせよ雑魚である。

 すぐに慣れて、会話を楽しむ余裕があった。


「今ってバイトの求人も全然ないんだな」


「親もリストラされたし、ほんと大変ですよー」


 カスミは今年入学したばかりの女子大生とのことだ。

 ただし、学校には一度も行っていない。

 いや、行っていないのではなく、行けないのが実情だ。

 世界的に大流行している感染症のせいで休校中である。


「金好君は――」


「俺のことはユウトでいいよ」


「じゃあ、ユウト君は今まで何をしていたんですか? 昨日から冒険者になったんですよね? それまでは?」


 何をしていたんですか、か。

 近所の安田さんから散髪屋の理容師までしてくる質問だ。

 嘘をついても露呈するだろうし、素直に答えるとしよう。


「今までは自分探しをしていた」


「自分探し?」


「人には何かしらの適性があるという。しかし、その適性に気づける者は少ない。だからそれに気づけた一部の者だけが、スーパースターになれる。俺もそういう人間になりたくて、自分に向いていることを探していた」


「そうなんですか? カッコイイですね。色々な国に旅行とかしたんですか?」


「もちろん、世界各地を渡り歩いたよ」


 もちろんゴーグルマップのVR散歩機能でね。


「すごい! なんか大人って感じがします!」


 目を輝かせるカスミ。


「ははっ、まぁね」


 これ以上の詮索を受けるのはマズい。

 今度はこちらから話すとしよう。


「学校が休校でバイトもまともにないってことだと、カスミはしばらく冒険者として活動するの?」


「そのつもりです。学費と生活費を稼げそうなバイトって、今は冒険者と夜の仕事しかないですし……」


「じゃあさ、俺と固定PTを組まない?」


「固定PTですか」


「カスミの都合がいい時だけで問題ないから、今後も一緒に狩りしようよ」


「私なんかでいいんですか? 今だって後ろから敵を縛るだけですよ」


「それで十分さ。おかげで安心して狩れている」


「だったら……はい、お願いします」


「よし! 決まりだ!」


 ひゃっほおおおおおおお!

 俺は心の中で踊りまくった。

 それだけでは飽き足らず逆立ちもした。

 可愛くて有能な女と固定PTとはなんたる幸せ。


「じゃあ、ラインの交換しましょうよ」


 ラインは誰もが使っているチャットアプリだ。

 通話機能もあって実に優れている。

 友達のいない俺のスマホにも入っていた。


「ならギルドに戻ろうか。少し早いけどキリがいいし」


「了解です!」


 俺はスマホを取り出し、配信を終了させる。

 細かい情報の確認は後回しにして、カスミとゲートに向かった。


 ◇


 ギルドに戻ったらサクッとラインの交換を済ませる。

 このスマホになってから初めて登録した相手がカスミだ。


 次に魔石の換金を行った。

 トレント14体とスライム6匹の合計額は――5万2000円。

 驚いたことに、トレントの魔石は1つにつき3500円になった。

 換金する人が少ないので値上がり中とのこと。


 こういうことはよくある。というかこれが普通だ。

 F級スライムのように固定化しているほうが珍しい。

 だから魔石の転売屋なんて連中も存在している。


「換金額の半分に謝礼金の1000円を足して――はい、2万7000円」


「半分ももらっていいんですか?」


「二人で戦ったんだからそれが普通だよ」


「ありがとうございます!」


 カスミは嬉しそうにお金を受け取り、それを財布にしまった。


「少し早いですけど、晩ご飯、一緒に食べませんか?」


「晩ご飯か」


 俺はスマホの時計を確認する。

 17時35分。たしかに少し早い。


「いいよ。どこで食う?」


「特区内にサイセがあるんで、そこでいいんじゃないですか?」


「サイセリアか」


 安さがウリのイタリアンファミレスだ。

 生まれてこのかた独り者の俺には縁の無かった場所。


「カスミが問題ないならそうしよう」


「決まりですね!」


 ということで、俺たちはサイセリアに向かった。


 ◇


 サイセリアのメニューは驚くほどに安かった。

 どれもこれも外食の常識を覆す低価格だ。

 とはいえ、スーパーの半額シール付き弁当には敵わない。

 所詮は外食である。


「働いたあとのご飯は最高ですねー!」


 カスミは嬉しそうにバクバク頬張っている。

 ペラペラのピザ、物足りない量のパスタ、何故かアヒージョまで。


「働かずに食うメシのほうが美味いけどな」


「えー、そうですか?」


「ニートってのは最高だぜ」


 働いたあとのメシや自分で稼いだ金で食うメシが美味い。

 そんな寝言を言う奴は多いが、いやいや、とんでもございません。

 ニートの時のほうが美味いってなものだ。ただ飯が一番。


「いいなー、ニート」


「カスミはニートに憧れるのか?」


「はい」


 フォークでクルクルしたパスタを頬張ると、カスミは言った。


「ニートって環境に恵まれていないとなれませんからね」


「たしかにそうだな」


 今なら嫌というほど分かる。

 かつて当たり前だったニート生活が、今はもうできない。


「さて、配信結果のほうはどうだったかな」


 食事が落ち着いたのでいよいよ配信結果の確認だ。


「めざせチャンネル登録者数10人!」


「おうよ」


 スマホでヨウツベにアクセスした。


 視聴回数:631

 高評価数:18

 低評価数:5

 コメント数:21


 思わず「うおおお」と叫んでしまう。

 驚くカスミ、何事かと振り向く周囲の客。


「どうでしたか?」


「最高記録更新だ!」


 俺史上初となる視聴回数3桁を達成した。

 しかも100や200ではなく、600人の視聴者がいたのだ。

 おそらく大半はすぐに離れていっただろうけれど、それでも嬉しい。


 高評価数も過去最高だ。

 低評価数を上回っている点も素晴らしい。


 さらにコメント数も21件と凄まじい大反響だ。

 チャンネル登録者数も8人から29人に増えていた。


「おめでとうございます!」


「ありがとう、本当にありがとう!」


 俺は興奮気味にコメントを開いた。


==================

0001 TAROMARU:カスミちゃんのおっぱいズームして!


0002 ぴゅりす:魔物の姿が見えないねー(*´ω`*)


0003 ぴゅりす:敵はトレントかな?(*´ω`*)


0004 アルテ:対トレントだとケルベロスは鉄板ですね


0005 TAROMARU:来た! おっぱい! ズーム! っておい!


0006 ぴゅりす:ナイス連携ー(*´ω`*)

==================


 それ以降はTAROMARUの「おっぱい」連呼が続いていた。

 TAROMARUはよほどおっぱいにこだわりがあるらしい。


『カスミちゃんのおっぱいに期待してチャンネル登録してやるぜ!』


 最後のコメントですらコレだった。


「のほほんとしたコメントだなぁ」


 ニヤけてしまう。

 昨日のコメントも嬉しかったが、今日のコメントも最高だ。

 着実に人気配信者の階段を上っていると言えるだろう。


「私も観たいです! 教えてくださいよ、ユウト君のチャンネル」


 カスミがスマホを片手に尋ねてくる。


「別にいいけど……コメントは読まないほうがいいぞ」


「えーどうしてですか?」


「読めば分かる」


「なら読まないとダメじゃないですか!」


 俺はラインを使ってチャンネルのURLを教えた。

 カスミはすかさず確認すると、「あー」と苦笑い。


「見ての通りタローマルとかいう変態が暴れている」


「ですねー。胸のことを言われるのは慣れているからいいですけど。それにしても面白いですね。ユウト君の視点で観られるのは。やっぱり魔物との距離が近くて迫力がすごい」


 カスミが楽しそうに今日の配信を確認している。

 配信は終了すると動画としてヨウツベに保管されるので、こうしてあとからでも視聴可能だ。


 それが落ち着くと、俺は解散を切り出した。


「カスミの家はチャリで1時間ほどだっけか。なんだったら車で送ろうか?」


「いいんですか?」


「だっせぇ車でよければだが」


「かまいません! 自転車、車に載せられますか?」


「ああ、余裕だぜ」


 俺たちはサイセをあとにして、駐車場に向かった。


「こ、これは……!」


 俺の車を見たカスミは、予想通りの反応を示した。


「キャンピングカーさ。俺のマイホームでもある。ダサいだろ?」


「ダサいというか……驚きました!」


「乗り心地はまずまずで、スピードと燃費は最低だぜ」


 車に乗り込む俺たち。

 俺は運転席に座り、カスミは側壁にある四人掛けのテーブル席に腰を下ろす。


「ユウト君はこの車で寝泊まりしているんですか?」


「そうだよ。住所不定野郎だからな。設備を説明すると、カスミの席の後ろにあるボックスがトイレ兼シャワー室で、その向かいにあるのは見ての通りキッチン。で、一番奥にあるのがベッドだ。テーブル、キッチン、シャワー、トイレ、ベッドと一通り揃っているから、一応は生活できるよ」


「おー」


「それじゃ、車を走らせるからシートベルトを頼むぜ」


「待ってください」


「どうかしたのか?」


 俺は振り返り、カスミを見る。

 彼女はなんだか複雑そうな顔をしていた。


「あの、もしよろしければなんですが……」


「おう?」


「今日、ここに泊まっていくとか、ダメですか?」


「えっ」


 予想だにしないセリフに、俺は固まった。

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