003 スライム狩り配信

 ゲートの先は大草原だった。

 誇張ではなく本当にどこまでも草原が広がっている。

 草原以外になにもないフィールドだ。


「オラァァァァ!」


「くらぇぇぇぇ!」


「アチョー!」


 そこでは大勢の冒険者が戦闘に明け暮れていた。

 全国のギルドからゲートをくぐって転移してきた同業者だ。

 ワードが同じなら、ギルドの場所に関係なく同じダンジョンへ飛ぶ。

 だからダンジョンで遠方の冒険者と知り合うこともあるわけだ。


「さすがはテンプレワード、人が多いぜ」


 俺は周囲を見渡した。

 いたるところに人の姿がある。


 中には戦闘をせずイチャついている冒険者の姿も。

 遠距離恋愛の相手と会うためにダンジョンを利用している奴等だ。

 このダンジョンにはそういう輩や出会い目的の冒険者も多い。


「自分のゲートしか見えないってのは本当だったのか」


 人の数は多いのに、ゲートの数は1つしか見えない。

 俺のすぐ後ろにあるものだけだ。

 他所のゲートは見えないようになっている。

 どういう仕組みなのかは分からない。

 おかげで迷わずに済むというものだ。


「それにしても完全に異世界だな」


 今しがたまでギルドにいたとは思えない。

 初めて経験する転移に少し戸惑った。

 ゲームの世界に飛び込んだような気分になる。


「まぁいい、稼がせてもらうぜ」


 いざ狩りの時間……と、その前に。


「忘れていた、配信だ」


 胸元にアクションカメラを装着する。

 スマホとアクションカメラが連動していることを確認して準備完了。

 ヨーチューブにアクセスして配信を開始した。


「ここがどこだか分からないけど、Wi-Fiが繋がるのはありがてぇ」


 スマホをポケットに戻して剣を持つ。

 付近を歩き回って魔物を探した。


「ぴゅるるん!」


 すぐに魔物を発見した。

 半透明の水色のぷにぷに――スライムだ。

 数多の冒険者に殺されてきた最弱モンスターである。

 数は1匹。


「よっしゃー、死ねやぁぁぁぁぁ!」


 直ちに攻撃を開始する。

 スライムは俺の攻撃で一刀両断――とはならなかった。


「クソッ! ミスった!」


 上手く斬れなかった。

 剣は命中したが、威力が弱かったようだ。

 刃はスライムの胴体に当たると弾かれてしまった。


「ぴゅーるるーん!」


 スライムが反撃してくる。

 体から液体を飛ばしてきた。

 大半は回避したが、いくつかが服をかすめる。


 ジュワァァァァー……!


 かすった場所が溶けやがった。

 Fランクの中でもザコと名高いスライムでこの攻撃力だ。

 やはり魔物は侮れない。


「こ、今度こそ……」


 などと言いつつ、思ったように体が動かない。

 腰が引けていることは指摘されるまでもなく分かった。


「こんな雑魚すらまともに狩れねぇのかよ、俺は……」


 自分の無能さが初めて悔しく思った。


「大丈夫だ。俺だって中学までは上手くいっていたんだ」


 自分に強く言い聞かせて再度の攻撃。


「うおおおおおおおおおおおおお!」


 我ながらひっでぇ大振りからなる一撃を放つ。

 この攻撃は見事に決まった。

 スライムがスパッと真っ二つになる。


「やった……!」


 思わずガッツポーズ。

 ディスプレイ越しに観ていた時は「スライム如きに喜びすぎなんだよ」と低評価を押していたというのに、同じ立場になったらこのざまだ。


「これが魔石か」


 死んだスライムが蒸発すると、菱形の石――魔石が現れた。

 何度となくヨーチューブで観た展開だ。

 俺は魔石を拾うと、人知れずニヤけ、それから懐にしまった。


「ここのスライムから得られる魔石はたしか500円だったっけか。あと数匹は倒しておかないとな」


 勇気を出して次のスライムへ向かった。


 ◇


 その後の狩りは順調だった。

 2匹目、3匹目と数をこなすごとに戦いが洗練されていく。

 10匹目を倒したところで狩りを終えることにした。


 日が暮れてきたからだ。

 ダンジョンの時間は日本とリンクしている。


 それに疲労が凄まじかった。

 スライムといえども魔物であり、命懸けの戦いに変わりない。

 肉体的より精神的な疲労の方が強烈だった。


「ヴァー、疲れたぜぇ」


 ゲートをくぐってギルドに戻ってきた。

 全身を襲う疲労感が何倍にも増幅する。

 一瞬にして強烈な眠気に襲われた。

 張り詰めていた緊張の糸が切れたのだ。


「お宝は出なかったが……まぁいいか」


 今回のドロップアイテムは10個の魔石のみだ。

 運が良ければ魔石とは別にお宝が落ちることもある。

 追加の魔石だったり、武器だったり、内容は様々だ。


「換金おなしゃーす!」


 集めた魔石は即座に換金所へ。

 換金所のお姉さんは俺の魔石を専用の機械に放り込む。

 機械がドゴドゴと音を立てて動き、ほどなくして査定結果が出た。


 結果は5000円だった。

 1つ500円の10個で5000円だ。

 単価500円は魔石の最低買い取り額である。


「そりゃそうだよな」


 と独り言を呟きつつ、換金してもらった。


 ◇


 換金が終わると、特区を出てすぐのスーパーでメシを買った。

 何重にも半額シールが貼られた弁当とペットボトルのお茶だ。

 これが人生初の労働で得た金で買ったものだ。


「さーて、メシにすんぞー」


 キャンピングカーに戻ってメシの時間だ。

 四人掛けの席に座って、テーブルに弁当とお茶を置く。

 いつもの癖でスマホを触ったところで気づいた。


「いっけね、配信を切り忘れていたぜ」


 戦いに必死でヨーチューブのことを忘れていた。

 そのせいで今にもバッテリーの残量が底を突きそうだ。


「どうせ誰も観てないだろうけど終了でーす」


 俺は配信を終了すると、先ほどの配信に関する情報を表示した。


 視聴回数:92

 高評価数:3

 低評価数:4

 コメント数:1


 今までとは比較にならない視聴回数だ。

 高評価まで付いているではないか。しかも3人も。

 駄弁り配信はどれだけ頑張っても0だったのに。


「低評価の数は配信の切り忘れか、それとも俺がヘボだったからか」


 ま、そんなことはどうでもいい。

 とりあえず視聴回数と高評価が嬉しい。

 それにチャンネル登録者も8人に増えていた。

 今回の配信だけで8人も登録してくれたのだ!


「コメントが怖いな……」


 残すところは1件のコメントのみ。

 これの確認はかつてない程に怖かった。

 悪いことを書かれていたどうしよう。


「でも、いいところなかったしな。どうせ『配信切り忘れてるぞ』とかだろう」


 とはいえ、不安なので確認するのはメシのあとだ。

 俺は勝利の味に酔いしれながら、半額されまくりの弁当を味わった。

 タダで食うメシのほうが美味いが、これはこれで悪くない。


「さて、コメントの確認をする時間だ……!」


 前回のコメントは『つまんねー』だった。

 あの時は乾いた笑いが出たものだ。

 果たして今回はいかに……。






『冒険者デビューおめでとうございます!

 これから頑張って下さいねー(*^-^*)b』






「うおおおおおおお! 天使じゃん! この人天使じゃん! 前のカスコメ野郎と違っていい人じゃん! うひょー! たまんねぇ! サイッコー!」


 最高じゃないか、冒険者。

 好意的なコメントにニッコリして、明日も頑張ろうと思った。

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