002 初めての冒険者

 ひとえにヨーチューバーといってもジャンルは様々だ。

 その中でも俺が目を付けたのは〈駄弁り系〉と呼ばれるもの。

 カメラを自分に向けて、グダグダと駄弁っているだけの配信だ。


 これは俺に向いている。

 なぜなら俺は家を追い出されたクソニート、底辺オブ底辺だからだ。

 この手の配信でウケるのは決まってゴミ扱いされるような人種である。

 そこらのサラリーマンがやっても面白味がない。


 しかも俺は面倒なことが嫌いだ。

 座って駄弁るだけで金が手に入る駄弁りこそ至高である。


 幸いにも俺は、配信の方法について熟知していた。

 災い転じて福となすならぬニート生活転じて知識を得るだ。

 ついでに言えば顔を出すことにも抵抗がない。


 では必要な物を調達しよう。

 ということで、家電量販店のヨドハシにやってきた。


「できればデスクがいいが、スペースがないからノートで妥協するか。……チッ、ノートだと低スペのくせにたけぇな」


 こうして俺はノートPCとスタンドマイクなど、配信に必要な物を購入。

 前に人気ヨーチューバーが「設備は大事。ここでケチるのはナンセンス」と言っていたので、質にも拘らせてもらった。

 念の為に買ったアクションカメラ等も含めて、合計金額は約30万円。

 50万円と数千円あった所持金が一瞬にして20万円台まで落ち込んだ。


 だがこれでいい。

 ここから俺のヨーチューバーライフが始まる。


 ……はずだった。


 ◇


 1ヶ月後、俺は絶望した。


「なんでなんだよ! 底辺ゴミクズニートの配信だぞ! お前らそういうのが好きなんじゃねぇのかよ……!」


 チャンネル登録者数:0

 動画投稿数:29

 生配信回数:29

 平均再生数:3

 総高評価数:0

 総低評価数:7

 総コメント数:1


 ほぼ毎日にわたって生配信を頑張った結果がコレだ。

 配信は終わると自動でアーカイブ動画が投稿されるのだが、その再生数を含めてもこの有様なのだ。


 惨憺たる結果と言う他なかった。

 当然ながら広告収入は0円だ。

 そもそも広告が貼れなかった。

 チャンネル登録者数が少なすぎて。


 最初からヒットする人間は滅多にいない。

 大物ヨーチューバーは口を揃えてそう言う。

 それでも1ヶ月でそれなりの手応えを掴むものだ。

 しかし俺は違っていた。


 俺の配信及び動画の何がいけないのか?

 その答えは唯一のコメントに書いてあった。


『つまんねー』


 つまりそういうことなのだろう。


「まずい、まずいぞ……!」


 ヨーチューバーなんて楽勝だと思っていた。

 だからそこまで深く考えていなかった。

 その甘さが露呈した。


 所持金の残高は10万円を切っている。

 食費やガソリン代、ポケットWi-Fiやスマホの使用料でだいぶ使った。

 このままだと今月を生き抜くことすらできない。


「仕方ねぇ、帰るか」


 俺は実家に戻った。

 1ヶ月も頑張ったのだから、両親も許してくれるだろう。

 そう思ったのだが、そんなことはなかった。


「そん……な……」


 実家は売り家になっていた。

 俺が戻ってくることを予期していたのだろう。

 両親はどこかへ引っ越していたのだ。


『おかけになった番号は現在使われておりません』


 電話を掛けても機械音声しか返ってこなかった。


 ◇


 キャンピングカーで自作の写真集を見ながら考える。

 自作といっても被写体は俺ではない。

 数年にわたってネットで集めてきたセクシーな女性たちだ。

 光沢紙で印刷してファイリングしているので美しさは色褪せない。

 それを眺めながらゴニョゴニョしつつ考えるのが俺のスタイルだ。


「ふぅ……」


 喫煙者がタバコで一服した時のように、俺も頭をリセットさせる。

 考えがまとまってきた。


「ヨドハシで買った機材を売っても二束三文にしかならねぇ。ならばこれらを活用する方向で考えるしかない。でもって次は失敗することが許されない。確実な収益も必要だ。となると次にすべきことは――冒険者だ」


 冒険者。

 ダンジョンに潜って魔物を狩ることを生業とする者のこと。

 魔物を倒すことで得られる魔石を売って生計を立てる。

 魔石は最先端技術などに使われるそうだが、詳しいことは分からない。


 冒険者になるというのは最後の手段だった。

 魔物は凶暴で、下手すると死ぬ危険があるからだ。

 ゲームみたいに『防御力』なんてものは存在しない。

 顔面に攻撃を受ければあっさり脳みそドバーであの世行きだ。


 だからこそ、冒険者の生配信が人気コンテンツとして成り立っている。

 配信中に死ぬかも知れないというスリルが、視聴者を興奮させるのだ。

 現代におけるコロッセオである。


「やるか、冒険者」


 俺は違法駐車していたキャンピングカーを動かし、冒険者特区に向かった。


 ◇


 冒険者に関する施設の集まる場所――冒険者特区。

 この特区は全都道府県に最低でも一つは存在している。

 特区で始まり特区で終わる、それが冒険者の活動だ。


 特区内の移動は徒歩に制限されている。

 仕方ないのでマイホームカーは駐車場に停めるとしよう。


「キャンピングカーは特別料金だぁ? ふざけやがって、クソがよ……」


 ここでもお金を吸い取られる。

 自分が搾取される側の底辺だと思い知るわけだ。


 特区に入った俺は、その足で武器屋にやってきた。

 特区内の武器屋では、対魔物専用の武器が売られている。

 魔石を加工して造られたという武器の数々は、魔物にしか通用しない。


「この剣を買うよ」


「Fランクのノーマルソードだな、1万円だよ」


「まけてくんねぇかな?」


「特区に値切りなんて言葉はねぇぜ。値段に満足できないなら帰りな」


 お客様は神様だと知らないおっさん店員が言い返してくる。


「仕方ねぇ、買うよ」


 1万円を払って剣を購入。

 やれやれ、またしてもお金が減った。

 始まる前に破産するのではないかと心配になる。


「すみませーん、Fランクのノーマルソードくださーい」


 ため息をついて店を出ようとした時だ。

 店内にいた同い年くらいの女がおっさんに声を掛けた。

 すると、おっさんは鼻の下を伸ばして言った。


「本当は1万円だけど、君は可愛いから8000円にまけとくよ!」


「わーい、ありがとー!」


 特区に値切りなんて言葉はねぇんじゃなかったのか。

 おっさんの首をノーマルソードで刎ねようか悩みながら店を出た。


 ◇


 ギルドにやってきた。

 ここからダンジョンへ行くことが可能だ。


 ギルドは大きく分けて3つの区画からなる。

 真ん中が受付嬢のいるインフォメーションカウンター。


 向かって右側が換金所。

 手に入れた魔石を現金に換えることが可能だ。


 そして左側がゲートゾーン。

 ダンジョンへ行く為のゲートを生成することができる。


 まずは受付カウンターで冒険者登録を行った。

 冒険者になるのに特別な資格など必要ない。

 登録が終わるとカードをもらった。


「こちらが冒険者カードになります。他の冒険者とパーティーを組む際はこのカードを見せ合って情報を確認します。あと、このカードはキャッシュカードやデビットカードとしても利用可能で……」


「ヨウツベでたんまり学習してきたから知ってるさ」


 受付のお姉さんにドヤ顔で言い放つ。

 それから渡されたカードに目を向けた。


==================

【名 前】金好 ユウト

【ランク】F

【武 器】

 ①ノーマルソード(F)

==================


 しっかり登録されている。

 ゲームと違って「防具」という項目は存在しない。

 それにステータスなんてものもなくて、実に簡素だ。

 持っている武器の情報が自動でカードに反映されるのは面白い。


「とりあえずダンジョンに行くか」


 ゲートゾーンに向かう。

 ノートパソコンのような端末がいくつも並んでいる。

 これがゲート生成器だ。


 まずは端末に付属しているカードリーダーに冒険者カードを挿入する。

 リーダーには最大で4枚のカードを挿入することが可能だ。

 これはパーティーの上限人数が4人であることを表している。


 カードの挿入が終わったらゲートの生成だ。

 ゲートは50文字以内で任意の言葉を入力して作る。

 例えば「ブッジャラppsu」みたいな意味のない言葉でも構わない。

 入力した言葉に応じてダンジョンの内容が異なる仕組みだ。


 優秀な冒険者は自分だけのゲートワードを知っている。

 言い換えると楽に稼げる丸秘スポットということだ。

 中にはそんな情報を売買する冒険者も存在する。

 有名な冒険者系ヨーチューバーに多い。

 俺もいずれは穴場のゲートを見つけたいものだ。


「とはいえ、今回は初めてだからテンプレートで行くか」


 初心者用にテンプレートのワードが用意されている。

 今回は初めての狩りに最適のワードをチョイスした。


【ゲートワード:初めての冒険者】


 入力が終わると、生成器がダンジョンの情報を分析する。

 数秒後、分析結果が画面に表示された。


==================

【名 前】初めての冒険者

【ランク】F

【タイプ】草原

==================


 テンプレートなので問題が起きるはずもない。

 俺は躊躇うことなく『生成』ボタンを押した。


 ビヨーン。


 目の前の空間に縦に長い楕円形の黒いモヤモヤが現れた。

 これがゲートだ。


「さぁ、狩りの始まりだ」


 俺は意気揚々とゲートをくぐった。

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