29:勘違いも甚だしい

 



「他にはございませんね?」

 ジュリアは笑う。

 とても綺麗な笑顔で。


「ああ!」

 やはり思った通りだと、リディオも笑う。

 こちらは、打算だらけの醜い笑顔で。


 もしここに、生徒では無くその親世代が居たら、全員が真っ青になり、冷や汗を掻いていただろう。

 それくらい今のジュリアは、怒ったカルミネにそっくりだった。



「サンテデスキ伯爵令息」

 ジュリアがリディオを呼ぶ。

 リディオは首を傾げた。

 笑顔で了承したはずなのに名前で呼ばれないし、声音も先程と変わらず抑揚が無いからだ。

 まだ拗ねてんのか?面倒臭い。

 そう思った瞬間だった。


「そこまで勘違い出来る貴方を尊敬しますわ」

 ジュリアの声に感情がこもった。

 侮蔑という名の感情が。


サンテデスキ伯爵家などと結婚したいと、誰が望むのです?少なくとも私は嫌ですわ」

「何だと!?」

「婚約は、そちらから土下座する勢いで頼まれたものでした。それなのに、入学式にもエスコートせず、婚約者らしい交流もしない」


 リディオの顔が怒りなのか羞恥なのか、徐々に赤くなる。

 それでもジュリアの言葉は止まらない。


「一緒に昼食を食べてやる?結構ですわ。せっかく美味しくなるように努力したランチが不味くなりますもの」

 ジュリアは横にいるビビアナとクラウディアに「ね?」と同意を求める。

 意味が解らないのか、眉間に皺を寄せるリディオに、ジュリアが更に説明をする。


「ここの食堂は、うちの系列ですのよ。美味しくなるように、三人で検食してますの」

 暗に前のリディオの暴言を責めていた。


「それに何でしたかしら。婚約破棄を昨日知った?普通に婚約者としての交流さえしていれば、そんな馬鹿な事は有りえませんよね?」

「だから、それはこれから」

「何度同じ事を言わせるのです。その耳は飾りですか?」

 ジュリアは笑顔のまま、器用に溜め息を吐く。


「私は、貴方との婚約を望んだ事など一度もありません。勘違いしているようなので、ハッキリ言いますね。好意どころか、嫌悪しています」

 すぅっと、息を吸い込む。

「なので、再婚約は絶対に有りえませんし、訴えを取り下げるつもりもありません。次に会うのは貴族院でしょう」

 優雅にカーテシーをしたジュリアは、そのままクルリと向きを変え、歩き出す。


「ま、待ってくれジュリー!」

 リディオがジュリアを呼んだ。

 しかしジュリアは振り返りもせず、そのまま歩み去ってしまった。

 当然だろう。

 名前もまともに覚えていない男に掛ける情など、持ち合わせていなかった。



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