第8話 失感情伯爵
「ソルママ、ソルママ」
私は肉の塊を抱きしめる。私はどのような状態からでも治癒することができる。しかし、死んだ者を生き返らすことはできないのである。
「どうして・・・どうして・・・こんなことになったの」
ソルシエールに刑の判決が下されるのは、2日後の裁判になると私たちは予想していた。しかし、ソルシエールは裁判もしないで、殺されたことになる。
「許さない。ソルママにこんなひどい仕打ちをしたヤツは絶対に許さない」
私は、ソルシエールの復讐をすることを決意した。もしかしたら平和的なソルシエールはそんなことを望んでいないかもしれないが、今の私には冷静な判断などできる余裕はなかった。
私はソルシエールだと思われる肉の塊を大事に抱きしめながら自分の部屋に戻った。
「アルカナちゃん、どこにいるの?」
ルティアが家に戻ってきたのはその日の夕暮れ時であった。私は朝からずっと肉の塊を抱きしめながらベットの上で座っていた。ルティアは、私を呼んでも返事がないので、すぐに私の部屋に駆けつけて来た。
「アルカナちゃん・・・どうしたの」
ずっと肉の塊を抱きしめていた私の服は真っ赤に染まっていた。
「何があったの?」
「・・・」
私の耳にはルティアの声が届いてこない。私は肉の塊を抱きしめながらソルシエールと過ごした10年間の出来事を思い出していた。
「アルカナちゃん、アルカナちゃん」
ルティアはすぐに異変に気づいて私を大きく揺さぶる。
「その抱えている肉の塊はなんなの?」
「・・・」
「もしかして・・・そんな・・・」
ルティアも肉の塊がソルシエールの頭だと理解した。
「裁判にはあと2日あったはず。どうして、どうして、ソルシエールさんは殺されてしまったの」
ルティアはその場に崩れ落ちた。
私は抜け殻のようにベッドの上に座り込み、ルティアは天井を眺めながら放心状態になっていた。
地下室で私たちを待っていたモルカナは、なかなか私たちが地下室に降りてこないことに異変を感じて、私の部屋まで足を運ぶことにした。
モルカナはルティアからソルシエールの件は聞いていたので、部屋に入るなりすぐに状況を飲み込めることができた。
「手遅れだったのか・・・」
モルカナは、ルティアの元に近寄り膝を落として、寄り添うように声をかける。
「復讐しようなんて考えてはいけない。バトルクワイ公爵には俺から手を打つように言っておく」
「ふざけないで!ソルママがあれだけ復讐したらダメって言っていたのに、あなたはそれを否定していたわ。自分の仲間が酷い目にあった時は、復習をするクセにソルママが殺された時は、なんで復讐をしちゃダメなのよ」
自分の世界に引きこもっていた私だったが、モルカナの言葉は私の心臓をえぐるように突き刺さったのである。
「アルカナさん、今回はいつもと状況が違うのだ。今亜人連合は、バトルクワイ公爵と同盟を結ぶことで話がまとまりそうになっているのだ。そんな状況下で大きなトラブルはできるだけ避けたいのだ。ソルシエールが殺されたことは俺も怒りを覚えている。すぐにでも犯人を見つけ出し復讐をしたい気持ちでいっぱいだ。でも、今はその時期ではないのだ。復讐をするなとは言わない。でも、今は復讐をする時ではないと言いたいのだ」
「どれくらい待てばいいのよ」
「正式に同盟が結ばれるまでだ。それまではバトルクワイ公爵に事件の内容を説明して捜査を依頼してもらうつもりだ」
「ソルママは言っていたわ!誰かにはめられたと。ソルママに嘘の情報を提供させた犯人は誰なの?あなたは何か知っているのではないの?」
「ロワルド男爵が、オーク族の女の子を購入した情報は俺が教えた。しかし、ソルシエールを嵌める意図などない。俺がそんなことをするわけがないだろ」
「あなたにその情報を教えたのは誰なの?」
「バトルクワイ公爵からだ」
「もう犯人はわかっているという事ね」
「違う。バトルクワイ公爵が俺たちを嵌めるはずはない。何かの間違いだ」
「そしたら誰が嵌めたの」
「それもこれから調べてみるつもりだ」
「信用できないわ」
「アルカナさんもバトルクワイ公爵が、そのようなことをする人物ではないことは知っているはずだ」
バトルクワイ公爵はエールデアース帝国の中で唯一の平和主義者であり争いを好まない。10年前に皇帝の命により、兵を率いてユスティーツ国と戦争をした時、怪物王女に惨敗して平和主義の意向はさらに加速した。バトルクワイ公爵は、怪物王女に屈服し皇帝には内密で同盟を結び、帝国の覇権主義を抑える役割をこなしていた。
「なら誰が裏切ったの?」
「時間をくれ。すぐに特定するのは不可能だ」
「もういいわ。私は独自で犯人を探してみせる。絶対にソルママを殺した犯人を許さない」
私が本当に許せないのは自分である。あの時ソルシエールを止めることができなかった事を後悔している。
「アルカナさん、私に全て任せてもらえないか?下手に動いてアーダルベルト伯爵をしげきするのは避けたい。アイツは何をするか予想ができない頭のいかれた男だ」
アーダルベルト伯爵は『失感情伯爵』と呼ばれ、誰からも恐れられる存在であった。
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