第5話 復讐
「獣人種の中には一昼夜、飲まず食わずで走れる種族もいると聞きますが…本当に人間離れした体ですわ」
処刑場から逃亡することに成功した俺たちは現在、とにかく今は一刻も早くこの場から立ち去りたく、今は人目を避けるように街の裏路地を走っていた。
時計がないのでわからないが、すでに体感で一時間以上走っている気がする。幸い、まだ追手らしき人影には遭遇することなく逃亡できていた。
途中、見かけたとしても浮浪者っぽい人ぐらいなもので、特に怪しい人とは遭遇しなかった。このあたりはあまり治安が良くない場所なのかもしれず、リリアーナ以上にボロい恰好をした人たちが虚ろな目をして壁にもたれかかったりしているぐらいだ。
そんな路地裏を走っている当の本人なのだが、まったく息が乱れる様子がなく、汗すらかいていない。余裕綽綽である。それでいて走るスピードはとんでもなく速い。これ、時速にしたら50キロ以上は出てないか?
周囲の人間からしたら、突然高速で人間が駆け抜けていくようにしか見えないだろう。これなら顔を覚えられる心配も無さそうだ。
『なあ、それでどこに行くつもりなんだ?』
いい加減、走るのも飽きてきた頃合いだったので、とりあえず目的地を聞くことにした。
「…」
『リリアーナ?』
呼びかけても返事はなく、ただひたすら走る。しかしだんだんと速度は落ちていき、だんだんと小走りから徒歩へと変化していって、やがて走るのを止めた。
「どこに行けばいいのでしょう?」
『うん?』
「死ぬつもりでした」
リリアーナはぽつりと語る。
「もう家族はいません。頼れる親類もいません。財産もありません。地位も名誉もありません。…一体どこに行けば良くって?」
『うーん、そうだなあ』
冷静に考えたら助けてくれる人間が誰もいないって、めちゃくちゃ心細いかもな。
『まあでもアレだよ。生きてればなんとかなるっしょ。俺が守ってやっから安心しろって!』
「…本当ですの?」
『おう!ホントホント!』
「本当に、もう大丈夫ですの?」
なんかずいぶん思いつめた表情で聞いてくるな。
「うん、大丈夫だろ。さっきの力見たろ?これさあ、自分でも引くぐらいのチート能力だよな。この力さえあればもう誰もお前のこと傷つけることなんてできないから。だから大丈夫だって!」
「…そう。わたくし、本当に…本当に助かったのですね?」
ようやくそのことを実感したのか、今までどこか冷めたような、無気力な表情をしていたリリアーナの表情が歪み、急に泣き出した。
「う…うう、よかった…ぐす、…うぅ、うう…」
一度感情のダムが決壊してしまったのか、リリアーナはいつまでも感情的になって泣きじゃくっている。
もしかして、我慢していたのだろうか?
てっきり生きることを諦めていたのかと思っていたが、本当はただ貴族のプライドが邪魔して弱みを見せることができず、人前で泣けなかっただけなのか?
いや、うん、そうだよな。どんなに覚悟が決まっていたって、死にたいわけないもんな。
貴族だからとか、女の子だからとか、そういうことじゃなくて。単純に死にたくなかった。もっと生きたかった。でも世界がそれを許してくれず、死ぬしか道がなかった。だから本当は嫌で嫌でしょうがない、それでも死ぬという運命を我慢して受け入れてしたのだろう。
「うあ、ああ、うあああああ。…死んじゃいました。お父様もお母様もお姉さまもお兄様も…みんな死んじゃいましたわ。どうして!なんで!どうして誰も助けてくれないのですの!」
悲しみの次は怒りの感情が溢れたのか、近くにあった壁に八つ当たりするリリアーナ。普通の女の子の拳だったらいくら殴られても平気なのだろうが、残念ながらその少女は今チートな能力を持っているせいで漆喰の壁ぐらいなら軽く破壊できたりする。
リリアーナが殴る度に裏路地の何かが破壊されていく。やがて怒りの感情もおさまってきたのか、そのまま地面に膝をついて、ぐすと鼻をかんだ。
「許せませんわ、あの男…」
リリアーナはぽつりと呟く。
「ありもしない罪を勝手に押し付けて、罪人に仕立て上げて、わたくしの大事な家族を奪ったこの国の王族ども。八つ裂きにしたいわ」
うん?なんかこの娘、ヤバい方向に目覚めてねえか?
「ふふ、あははは!」
突然、まるで狂ったように嗤う元貴族のお嬢様。その姿はまるで悪役令嬢そのものだ。
「ねえ、この力、素晴らしいわ。この力があれば、たとえ相手が王族だろうと軍隊であろうともいかようにも蹂躙できるかしら」
『え?ああ、うん、まあそうだな』
いや、うん、確かにそういう前提で最強の力欲しいなあって女神様に言ったからね。うん、たぶんやろうと思えば一人でもこの国ぶっ潰せるかな?
でもほら、アレだよ?それはさ、ちょっと軽いジョークっていうかさ、深夜テンションのノリで考えただけのチート能力だから。ちょっと俺、世界敵にまわしちゃおっかなあ、みたいな軽いノリで考えただけだから。本気で世界を回すつもりとか無いからさ。だからガチで国潰しとかされるとさ、ちょっと困るかな?
「ぶっ殺しましょう。この国の王族ども、一人残らず殺しましょう」
あー、やっべ。この狂気に染まってる目、ガチですわ。こいつ、マジでやる気じゃん。
『いやいや、ちょっと待ってよ。そんなことしたらさ、ほら、アレだよ。ガチで反逆罪になるよ?』
「構いませんわ。やってもいないのに反逆の罪を着せられたのですから、本当に反逆しても問題ないでしょ。奴らもそういう覚悟を持ってしてわたくしに罪を着せたはずですわ。報いを受けて当然でなくって?」
なにそのどうせ悪人扱いされるぐらいなら本当に悪いことやっちゃえ、みたいな意見。
『いやいや、待って。待ってよ。そんなことしたら本当に世界を敵に回しちゃうじゃないか。そんなことになったらさ…』
それだけは避けないと。だってそんなことになったらさ…
『俺の異世界豪遊ハーレムプランはどうなるの!』
と俺は本音をぶっちゃけることにした。
あれ?もしかして俺、なんかやっちゃった?なんか気まずい沈黙が発生してるんですけど。
やがて涙も枯れたのか、冷めた目つきに戻ったリリアーナがまるで汚物でも見るかのような冷徹な眼差しを向けて答える。
「知ったこっちゃありませんわ」
『ええ!そらないよ!そんなん言ったら俺だってお前の復讐とか興味ないんですけど!』
「チッ。これだから平民風情が」
なんで俺が平民だって知ってんの?いや、間違ってないけどさ!
「いいですか。わたくしは家族を謀殺されたのですよ?可哀そうだって思わないのかしら?」
『え?うん、まあ可哀そう、かな?』
「だったらわたくしに協力して一緒に復讐を果たすのがわたくしの右腕としての正しい反応じゃないかしら?」
いや、確かに右腕といえば右腕なんですけど、別にあれですよ?たまたま右腕に転生しちゃったってだけで、別に君の右腕的なポジションの部下になったわけではないんだよ?
『いやいや、ちょっと待って。一旦さあ…』
「おいそこのお前!なにを騒いでる!」
突如背後から声をかけられる。見れば、巡回中の衛兵なのだろう。槍を構えた衛兵たちが警戒しながらこちらに近づいてくる。
「チッ。あなたが騒いだせいで見つかったかしら」
『え?俺のせい?』
「当然でしょ。右腕でこの壁を破壊したのですから」
ああ、なるほど。確かにその理屈だと俺のせいかもしれない…いやいや違うでしょ!お前が暴れたから壁は破壊されたんでしょうよ!
「逃げますわ」
『お、おう。そうだな!』
「あ、待て!」
リリアーナは兵士たちがいる方向とは反対側に逃げる。
いろいろと言いたいことはあるのだが、この街にいるのは危険かもしれず、俺たちは一旦街を出ることにした。
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