ただの実力者になりたくて!


ペチッ


ペチッ


ペチッ


ペチッ


「麻生氏…」


ペチッ


ペチッ


ペチッ


ペチッ


「雄一さん…」


ペチッ


ペチッ


ペチッ


ペチッ


市街地がら程近い森林地帯…


雄一ご一行は繰り返し続けて、もはやそれが何度目なのか分からなくなった行為をそれでもなお繰り返し続けてていた…


液体と個体の中間の様な形状をしたそれは【ジュリエ】と呼ばれ、彼の地ユグドラシルに生きる者たちであれば子供から大人まで誰しもが知っているモンスターであり、この地べたを這いずるこの物体は人を襲う事は無く、また、いかにぞんざいに扱おうとも反撃してこない人畜無害な存在であった。


形状から大別すれば、RPGや異世界冒険物ラノベの序盤に奇跡的な高確率で出現してくる【例の生き物】でしかないジュリエだが、別に転生してきた訳でもなければ、起き上がって仲間になりたそうにこちらを見てくる訳でもなく…彼らはただただ雄一達がそこら辺で拾った太めの木の棒で叩き潰されると言う非道の限りに晒されていた。


「が、我慢して下さい!心を無にするんです!取り敢えずリスクが低い初級モンスターを倒して経験値を得ましょう!我々のレベルが上がればギルド内で受注できるクエストのレベルも上がります!!月末に例のアレな店で食べる金に困ってドングリを探さなくても良くなるはずなんですっ!!!」


「し、しかし麻生氏!いかに心を無にしましても」


「うわぁぁーん流石にこれはぁぁぁぁ」


躊躇う伊藤さんと泣き出しそうなシャロンの横で雄一がまたジュリエを一体討伐する。


「ぐはぁっっ」


雄一は生来なんの抵抗力も持たないジュリエを攻撃したはずだったが、強烈な目眩と吐き気を催した


「ぐっ」


「うぇぇぇぇぇ」


2人も雄一と同じくその場にうずくまる。


雄一の言う通りジュリエは物理的な危険性は皆無で実に討伐しやすいモンスターでは有ったが、実は視覚的にはまるで伝わらない恐ろしいリスクを孕んでいた…





彼らは潰すと正気を保つのが困難なレベルで臭かった。





雄一が転生させられたこの地域では【最初の村の周辺でレベルを上げる】と言う冒険物で避けては通れないセオリー中のセオリーに精神を崩壊させかねない苦痛が伴うのだ、ドリアンとドクダミをすり潰して液状にした物を鼻の穴に塗りたくられる様な想像し難いその匂いは、一体討伐する事に確実に雄一達の心を折に来た。


【狙ってこの場所にリスポーンさせたんじゃあるまいな…あのクソ女神…】


しかし雄一は【ワンチャン死んでしまうかも知れない他のモンスター】よりも【人としての尊厳を失いかねない環境だが安全に倒せるモンスター】を討伐する事を選んだ。


彼のリスクマネジメントにおける方針は現代日本のソレに限りなく忠実であった。






ーーー換金所ーーー




「うわぁぁぁ臭い!最悪っ!なんて悪臭まきちらしてんのよアンタ達っ!」


初めて討伐したモンスターのドロップアイテムを換金しようと雄一達が換金所を訪れると、入るなり受付の少女に罵られた。


「本っ当に信じらんないっ!さっさと換金したい物出してよねっ!こっちは忙しいんだからっ!」


金髪のツインテール!黒ぽいフリフリした服!背の低いつり目の童顔!八重歯!


【こ、これは…これはもしや…】


雄一には初めて会うこの少女に【ある一つの可能性】を見出した。

間違いない!これは雄一が異世界転生した日から心待ちにしていたキャラ属性…



【——TUNDERE——】



そうだ、そうなのだ、求められているのはこう言うキャラクターなのだ!

決して話を効かない女神とかブリーフのオッサンとか空気を読まない獣人娘ではない!


「あ、あの、コレなんですが…」


「ジュリエのコアね、だからあんた達そんなに臭かった訳…それ一つ?」


「いえ、ここに…」


「は?」


「え?」


「その袋?」


「はい」


換金所の受付の少女は雄一が取り出したズタ袋を指さして片方の眉毛をピクピクと引き攣らせる


「それ中身ぜんぶコアなの?」


「ええ、そうです…」


「し、しんじらんない…何体討伐したのよ…」


「わかりません、500から先は数えて無いです…」


「あっははっワタクシもです!強烈な悪臭で正確に数字を数える事も難しくなりましてなっ!!途中から死んだ爺様が川の向こうで手招きしてましたよ、いやぁ不思議な幻覚まで魅せてくるとは…」


【それ自分が他界しかけてる奴だから…】雄一がツッコミあぐねいていると、受付の少女は唐突に会話に入ってきた伊藤さんには目もくれず、ため息と共に額に手を当てた。


「信じられないバカね…一体倒す事すら憚られる悪臭なのに…女の子も居るパーティで良くやるわ…少しは気を使ってあげなさいよ!本当にクズねっ!」


「ふぇ…」


シャロンは言われて何かを思い出した様で、その場でメソメソと泣き始めた。

しかし雄一はいいしれぬ満足感に満たされていた。

転生して約一月、ついに発見してしまったのだ。



【金髪ツインテールのツンデレ少女】



ラノベ業界の不文律!ギャルゲーやハーレーム物には絶対に居なければならないキャラクター!

コレさえ出しておけば大ゴケ無し!ある程度の成功を約束するツンデレと言うチートキャラを!


「はい、コレ今回の分のお金!ちょっと上乗せしといてあげるから帰りに風呂屋によりなさいっ!そんな悪臭、街中で撒き散らされたらたまったもんじゃないわっ!」


「すいません、なんか気を使ってもらって…」


「べ、別にアンタの為に言ってるんじゃないんだからねっ!!////」


【き、来た!間違いない!コレは!!】


雄一は心待ちにしていたセリフを吐き捨てる少女に歓喜した。

このセリフはつまりアレだ…【お約束】だつ!

M78星雲から来た光の巨人が交差した腕から出す例の光線とか、家族を皆殺しにされた挙句バッタの改造人間にされた人の例のキックとか、俺より強い奴に会いに行きたがる世界1売れてる格闘ゲームの主人公が使う【拳】と言いながらどうみても飛び道具なアレと同義!!


ツンデレ少女が【別にアンタの為に(ry】とか言い出したらその真意は一つしか無いのだ!

雄一は確信した、自身に立ったフラグと言う物を!


「ははは、ありがとうございます、お嬢さん…お礼に今度一緒に食事でも…」


「アンタ、マジで臭いんですけど…こっちくんなマジで…」


「え?」


「【え?】じゃないから、冗談は顔面と異臭だけにしてくんない?食事?は?行くわけないでしょ?マジで引くわ…」


そう言うと少女はメソメソと泣き続けるシャロンの頭を優しく撫でつつ、背中をポンポンと叩いた。


「一緒にお風呂行く?臭かったねぇ、嫌だったよねぇ、可哀想に…私が綺麗にしてあげる」


ツンデレ少女は確かにツンデレだった、ツンデレではあったのだが




同時に百合だった…




「ははは、ありがとうございます…」


突然、伊藤さんが3秒前に雄一が零したセリフと同じセリフを雄一に投げかけた。


雄一はどこか違和感を感じた、声色と仕草がどことなく…


「お嬢さん…お礼に今度ワタクシと食事でも……どうですかな?わっはっはっぷーくすくすくす」


雄一の精一杯に飾ったイケボと思い出すのも恥ずかしいドヤ顔を真似しながら、膝から崩れ落ちた雄一の肩に伊藤さんがそっと手を添えた。


慰めようとしたのか…場を取り持とうとしたのか…いや、そんな殊勝な奴ではなかったはずだ…このハゲは…


雄一は【肩に手を置くなよ、臭いよ伊藤さん…】と言いかけたが自分も同じ匂いを放っている事に気がついて辞めた。


【どうでも良いけど前回あたりから伊藤さん性格悪くなってねぇか?】小説や漫画にキャラブレは付き物だが、10話そこそこでブレてたら最終的には別人になってしまうのではないだろうか…


思うことは色々あったが、とりあえずこの日、雄一にまた一つ抹消したい記憶が増えたのだった。

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