どうして漢字で書いて英語で読む技名なの?後で恥ずかしくなったりしないの?ねぇどうなの?ねぇ?



足を踏み入れた者を容赦なく拒絶する赤々と濁流する溶岩が3人の頬を照らし出している。


その流るる溶岩の源流の奥、仄暗い火口の向こう側で何かが蠢く気配がした。


「雄一さん…」


「分かってます、構えてください…」


3人が武器の持ち手を強く握り直したその時、【ソレ】は咆哮と共に現れた。


毒々しい紫紺のアギトを大きくひらきながら巨大な翼をゆっくりとはためかせ、3人の前に立ちはだかる漆黒の黒龍…

体を流れ落ちる紅のマグマがその存在を人知のさらに向こう側にある【神】に近しい何かだと実感させる。


「これは厳しいかしれませんな…」


神龍に対峙した緊張からなのか、溶岩の熱による物なのか…ひとり毒づいた伊藤さんのこめかみを一筋の汗が滑り落ちた。


「立ち上がれなくなるその時まで、勝敗はわかりませんよ…シャロン!お願いします!」


「はいっ!!」


シャロンが勢いよく返事をすると、まるでその呼びかけに反応するかの様に彼女が手にする伝説級武器【精霊王の錫杖】が鈍く赤い輝きを放ち始める。


「連続詠唱!【火属性攻撃無効ーボルケーノバニッシュー】【毒攻撃無効-アンチポイズン-】【物理ダメージ半減ーロアーマテリアルダメージー】【移動速度上昇ークイックシフターー】【物理攻撃上昇ーブーステッドマテリアルアタックー】【持続治癒効果ーエレメンタルキュアー】」


シャロンが詠唱を唱えるたびに3人の体を様々な光が包み込んでいく。

間をおかずバフを受け取った雄一は、神龍に向けて躊躇いなく走り始め、直前で大きく跳ぶと、身の丈はあろうかと言う巨大な両刃の剣をその首元目掛けて勢いよく振り下ろした。


「エクストラオーディナリースキル!【残穢】!!」


雄一が振り下ろした聖剣ニールベルゲルンはその刀身を幾重にも分身させ、たった一振りで神龍の首に数十という切傷を刻みつけた。


「くそっ、浅いっ!!」


雄一の悔恨に呼応して伊藤さんが後に続く。


「裁きの刃を持って魔を穿つ戦女神よ…世の理-ことわり-を超えて邪悪に抗う力を我に授けよ…羽衣を依代に祈りにこたえ今ここに顕現せよっ!ヴァルキューレ!」


伊藤さんに神龍が迫る、鋭く尖った刃物の様な爪先が伊藤さんを捉えんとしたその瞬間、光の中から4対の羽を広げた女神が現れ、手にした剣が伊藤さんの眼前で神龍の爪を受け止めた。






——————————————————






「と言う夢を見たんです…」


「麻生氏!そっちのエイヒレの炙り焼きをとっていただけますかな?」


「……………」


「あ!私も食べたいです!エイヒレ!」


「シャロン殿、この子持ちシシャモも絶品ですぞ!」


「わぁー凄い!美味しそう!!」


「おおおおぉぉぉぉぉぉぉいいいいっ!!!どうでも良いんですよエイヒレとか子持ちシシャモとか!何【異世界感】のかけらもないメニューオーダーしてるんですか!つーかなんで異世界ユグドラシル()にエイヒレだの子持ちシシャモだのがあるんだよ!!!ここは魚○ですか?磯○水産ですか!?」


「ど、どうされたんですか麻生氏…」


「そうですよ雄一さん、美味しいですよ?エイヒレ!」


「いや美味いんですけど!不味いエイヒレとか無いんですけど!!そう言う事では無くてですね!!聞いてました?僕の話!素晴らしい冒険の話ぃぃぃぃぃ!!」


「わっはっはっは!無論聞いてましたとも!麻生氏の厨二全開妄想乙冒険譚!一瞬我々とは全然関係ない小説を読んでいるのかと思いましたぞ!」


「…………」


「しかもワタシに至っては女神まで召喚してしまって、ははははははは、しかも羽衣衣を依代にって、いやいやいやいやいや麻生氏、それじゃワタシ全裸で龍と戦う事になりますぞ、発禁物ですよ発禁物!!わーはっはっはっは!」


「私も持ってないです…セイレイオウノ薬草?」


「錫杖ですシャロン殿、シャクジョウ!薬草、薬草で龍と…ぷーくすくす」



とりあえず雄一はパーティーの人選にどう考えても問題があると再確認した、それから結構ガッツリ死にたくなった…





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「モンスターを倒しましょう」


夕食時、例のアレ的な店で食事をしている伊藤さんとシャロンに向けて気を取り直した雄一がした提案は驚く程にシンプルだった。


シンクロ率に異常なまでに敏感な人型汎用決戦兵器を用いて最後まで正体がわからない敵と戦う某特務機関の司令の様にテーブルにヒジをつき、手のひらを顎の前で組んだ雄一の目元が怪しく光る。


【メガネ…掛けてればよかった…】と雄一は少し後悔したが、ファンタジー厨二冒険譚をバチクソにいじり倒された後の雄一にはメガネの有無に関わらず、インテリジェンスを醸そうとする事自体に無理があった事に本人を除く2人のみが気が付いていた。


「正気ですか麻生氏…」


「正気です…」


「危険では?」


「良いですか伊藤さん、良く聞いてください、我々はこの物語が始まって現在10話目を迎えています…」


「ゴクリ…」


いつになく真剣な口調で話始める雄一にシャロンは息を飲み込んだ。


「良いですか、10話ですよ?10話…遅いんですよ…どう考えても遅いんです…」


「遅い…と申されますと…」


「展開ですよ!!胸躍る展開が致命的に欠けているんです!我々の冒険には!」


雄一は勢いよくテーブルを叩くと捲し立てる。


「これ異世界転生ファンタジー冒険譚()なんですよね?3人でパーティー組んでるんですよね?意味がわからないんですけど?10話目に至るまでバトル描写が無いとかどんな異世界ファンタジーなんですかっ!!普通一話!大して面白くもないプロローグ部分を永遠と垂れ流すアレな奴でも引っ張って三話!最初のバトル展開ってそんなもんでしょ普通!大事なんですよ!導入部分って凄く大事なんです!読者が継続して読もうと思うかどうかって、一話、二話に掛かってるんです!一話が宗教勧誘してる人みたいな女神との対話で2話がブリーフのおっさんが出てくる話ってどうなってるんですか!構成考えてる奴はアホですか?そんなんだからブックマークもレビューも増えないんですよっ!!【一話切り余裕】とか言われるんですよぉぉぉぉぉぉ!!」


「落ち着いてくだされ麻生氏、ご心配にはお呼びませんぞ!この冒険譚は【一話切り余裕】と行ってくる読者すらいませんっ!アンチが湧くほどそもそも読まれて居ませんからな、わっはっはっは!」


「殺してくれぇぇぇぇぇぇぇ!!わかってるぅぅぅそんなことわかってるんだぁぁぁ!!無いんですか伊藤さんには!髪を切った友人がどう考えてもイマイチだった時に【カッコイイじゃん】とか【かわいいね】って言ってあげるそう言う優しさは無いんですかぁぁ!俺は折角得られた異世界転生と言う経験をいつか小説にしたいんです!それだけがモチベーションなんです!はっきり言って他には何も無いんです!!なんなら一話で転生出来ないまま死んでても良かったんです!!それなのにこんな…雑草食べて畑耕して寝て、どんぐり食べて畑耕して寝る物語は嫌なんですよ!!こんなクソつまらない冒険譚を元に小説にしても星ファボクレクレ自主企画に参加して埋もれていく事になるんだ…絶対そうなんだ…」


「麻生氏…そう言う馴れ合いで自分を誤魔化しているから作品が評価されないのでは…」


「うるせぇ…」


伊藤さんがたまに放つ正論が気が狂いそうな位にマトをえている事が雄一のテンションを急激に低下させた。

この時雄一は【本当そう、すごいそう、ぐうの音もでない程本当そう…】と思ってただただ情けなくなった。


我輩は猫(雄一)である。名前(戦闘経験)はまだ無い。

噛み締めたエイヒレはやはり美味かった。











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