第21話 芋臭女子の大変身編(1)

 ある土曜日の昼下がりだった。


「ハァ…。俺も殺人事件を解決したい…!」


 優はリビングでまったりとしながら、紅茶を啜っていた。テーブルの上には、麗美香が焼いたクッキーもある。さっき麗美香が焼いたもので、まだほんのりと温かいクッキーであった。


「坊ちゃん、お茶のおかわりは要りますか?」


 そこへ麗美香がやってきて、新しい茶葉を入れたポットにお湯を注ぐ。土日は基本的にメイドのバイトはないはずだが、こうして突発的に仕事を任される時があった。本当はダルいが、時給が弾むので断れない。こうして今日も優のお茶の世話をしたり、クッキーを焼いたりしていた。


「ああ、ありがとう。麗美香ちゃんが淹れたお茶は不味くないな」

「何か褒められた気はしないんですけど」

「あはは、いいじゃん!」


 自分がイケメンである自覚があるのか、優は笑って失言うを誤魔化してきた。優は基本的に偏食で、あまり食べ物や飲み物の興味が無い。「美味しい」という言葉は期待しないほうがいいだろう。


「ところで坊ちゃん、何の小説を読んでいるんですか?」


 可愛らしい猫が表紙に書かれた小説だった。亜傘栗子という作者の小説で、「保護猫カフェ探偵!」というタイトルだった。


「うん? これは亜傘栗子先生のコージーミステリだよ。保護猫の活動している主人公がカフェを開いたりして、殺人事件に巻き込まれるんだ」

「へぇ」


 あらすじだけ聴くと、読みやすそうなライトなミステリーという印象だった。しかしよく話を聞くとシリーズは三作目まで出ていて、毎回殺人事件が起きるのだと言う。しかも小さな日本の村で。思わず「あり得ない」と言いそうになるが、優は楽しんでこの小説を読んでいるようなので、水を刺すのは辞めておこう。


「坊ちゃんでもこう言った軽いミステリも読むんですね」

「そうだよ。僕はミステリと言う小説はだいたいチェックしているんだ」


 優はそう言ってボリボリとクッキーを齧る。クッキーの粉が床に落ちる。ここの掃除は、豊の仕事なのだが、他人事ながら大変そうだと思う。かくいう麗も自分が住む離れの掃除は、意外と広くてめんどくさい。広い家は掃除が面倒だし、コスパ的には良いのかどうかな麗美香にはわからなかった。


「あーあ。僕も『保護猫カフェ探偵!』のように殺人事件を解決したいよ」

「そんな殺人事件なんておこりませんよ」

「この町で起きないかな〜」

「縁起でもないですよ。例えば豊さんが被害者になったらどうするんです?」


 さすがの優もこの例えには押し黙る。今日、豊はスーツを買いに出掛けてしまったが、死体になってしまったなんて想像もしたくは無い事である。


「そうだね。僕は豊さんも麗美香ちゃんも死んで欲しくないよぉ〜」


 何か感化されたのか、優はメソメソと泣き始めた。


「いや、別に泣くような問題では無いんだけど…」

「でも本当、殺人事件を待ち望むなんて不謹慎過ぎたよ。反省する」


 優は素直なのだろう。泣くのは大袈裟であるが、心根は麗美香がビックリするほどピュアである。おそらくイケメン故に、人から悪口などを言われた経験などは少ないのだろう。ブスで陰キャな麗美香は、人の悪意を感じる事は日常茶飯事である。ある意味リアリストで免疫が出来ているが、優はその点全く免疫ができていない。


 お花畑にも感じて、麗美香はちょっと優に危うさを感じるのも事実だった。ブスで陰キャはお花畑になるスキが無いのは、良い副産物だと麗美香は思う。お陰で一度も詐欺や占い、スピリチュアルのようなものにも引っかかった事がない。耳障りの良い言葉は絶対何か裏があると思う。


「でも何か『謎』は欲しいね。麗美香ちゃんは何か無い?」

「そんな急に言われてもなぁ。特に思いつかないわよ」

「えぇー、つまんないな。星川アリスの時みたいに尾行したいよ!」


 優は不満気にギャーギャー騒ぎ始めた。イケメンなので少しは許せるが、これで不細工だったら、張り倒したくなると麗美香は思う。自分だったらこんなワガママは絶対に言えない。身を弁えないブスが一番世間で嫌われる事は、麗美香はよくわかっていた。


「ところで星川アリスの時は尾行がよくバレなかっったったわねぇ」


 それはちょっと気になるところだった。優はクッキーをボリボリ噛み砕いて答える。


「まあ、僕はイケメンだからね!」

「それと尾行は何か関係あるの?」


 麗美香は呆れ顔だ。


「まさかイケメンが尾行しているなんて思わないじゃん? 意外とみんな気づかないものだねぇ」

「ハイハイ、そうですか」


 やっぱりイケメンは得なのかと麗美香は呆れてしまうが、ここまで開けっぴろげにそんな事を言うものだから怒る気にもなれなくなってしまった。


 麗美香もクッキーを摘んで食べる。我ながら悪くない味だ。自己満足している時、豊が帰ってきた。しかも血相をかえてかなり慌てていた。


「坊ちゃん、大変ですよ!」


 いつも綺麗に髪型をセットしているのに、豊の髪はちょっと乱れていた。よっぽど慌てているのだろうが、麗美香も優もまったりとした雰囲気でお茶をしていたので、すぐには飲み込めなかった。


「事件? 嘘でしょ?」


 ついさっきまで殺人事件を望んでいる男の発言だとは思えないほどだった。


「でも待って、救急車かパトカーの音がするわ」


 麗美香が耳をすませる、遠くの方でその音がしているのを気づく。


 満開の桜の木に囲まれ、平和過ぎるこの屋敷にいると、本当に事件が起きたなんて麗美香には信じられなかった。


「本当! さっそく見に行こう!」


 優は野次馬根性を隠さなかったが、麗美香は本当に事件が起きてしまったなんて、あまり良い気分にはなれなかった。

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