第22話 芋臭女子の大変身編(2)
事件は、一ノ瀬の屋敷からをちょっと歩いたところにある市道で起きたようだった。交通事故だった。ひき逃げのようで、老人が何者かの車に轢かれたらしい。
優が待ち望んでいたような殺人事件ではないが、現場は大騒ぎだった。
優や豊、麗美香のような野次馬で溢れて、警察が必死に整理していた。この騒ぎのせいで、麗美香達には誰も気に留めない。一応麗美香はあそこでバイトしている事は秘密になっているが、バレそうな雰囲気はない。
「全く、野次馬ばかりね」
麗美香は呆れながらも現場の方を伺うが、人だかりのせいで何も見えない。喧騒やパトカーの音がうるさく、何がどうなっているのかさっぱりである。今はコロナが流行っているはずだが、誰もソーシャルディ スタンスなんて守っていない。そう思うとコロナが茶番というネットのデマも麗美香はちょっと当たってる気もしてきた。それぐらい混乱しているという事なのだろうが。
「豊さんは現場見えた?」
麗美香が隣にいる豊に聞くが、首を残念そうにふっているだけだった。
「気づいたらこんな騒ぎでししたよ。いやですねぇ、ひき逃げだなんて」
「そうね。犯人には怒りしかないけど、坊ちゃんはどこ行ったの?」
そばにいたと思っていた優の姿が全く見えない。イケメンであるが、おバカな坊ちゃんである。何か企んでいるのではないかと麗美香も豊も直ぐに想像がついて、喧騒の中を探し始めた。
「全く坊ちゃんどこ行ったの」
「探偵の真似事をしている気がしますね」
豊の予想は限りなく当たっている気がした。こう言った事件は警察に任せるのが一番ではないか。麗美香は、優のやたらと行動力があるところが理解できなかった。とりあえず二人で優を探していると、何と聞き込みの真似事をそている優の姿を見つけた。
野次馬の騒ぎからちょっと離れた道で、アラサーぐらいの主婦に話しかけている。
「ねえ、お姉さん。この事件について知りたいんだよ」
目をうるうるとさせて、ぶりっ子までしている。自分がイケメンである事を知り尽くしたような態度で麗美香は白けるばかりだ。主婦の方もまんざらではなくうっとりとした表情を見せている。その事も麗美香をより白けさせた。
「豊さん、坊ちゃん将来ホストになりたいとか言ったりしませんかね」
「はは、朝比奈さんは心配しすぎですよ。坊ちゃんは探偵になるのが夢ですから」
それもどうなのか?
自分と違って非現実な夢を追いかける優の気がしれない。全く否定する訳ではないが、夢見過ぎではないか。でも、割と楽しそうにイケメンである事を活用している優は、ちょっと羨ましくも見えてしまうのも事実だった。
とりあえず麗美香と豊は、優がする事を見守っていた。やっぱり彼は、自分がイケメンである事という長所をよくわかっているのか、女性ばかりに声をかけ続け、事件を調べているようだった。しかも女性達は、話しかけられてちょっと嬉しそうにもしている。
麗美香にはとうていできない芸当である。こんな事をしたら「キモい」と逆に通報されそうである。ちょっと捻くれた事も考えそうになったが、嬉しそうにしている女性達の顔を見ると、別に誰も傷つけていないのは良い気もしてきた。自分がやったら通報案件かも知れないが、これは優だけが許される特権かも知れない。これで事件が解決できたら儲け物。ただ、こんな素人の聞き込みで解決する可能性は低いだろうと麗美香は冷静に考えていたが。
「豊さん、麗美香ちゃん! いっぱいこんな貰ってしまったよ!」
一通り聞き込みが終えて満足したのか、ほくほく顔の優が戻ってきた。女性たちのお菓子をいっぱい貰ったようで、とても嬉しそうな顔をしていた。
麗美香はこんな風にお菓子を貰っている優にただただ驚く。
やっぱりイケメンは得ではないか。そう思うとイラッとするが、これは優が悪いわけでは無いと麗美香は思い直す。
「後で豊さんや麗美香ちゃんにもお菓子あげるから!」
「それは良いけど、何か解りました? 坊ちゃん」
「そうよ、お菓子はどうでもいいから事件は何かわかったの?」
豊や麗美香が突っ込むと、優は機嫌が良さそうに笑う。どうやら聞き込みの成果はあったようである。
「被害者は病院に運ばれたけど、運良くかすり傷ぐらいで命に別状はないって」
それを聞いて豊も麗美香も胸を撫で下ろす。近所で大きな被害がある事件が起きたなんて気が気では無い。やっぱり事件など起きてほしく無いと麗美香は思うのだが、優はこれでも事件調査に乗り気だった。
「でもまあ、他に目撃者がいなくてさぁ。事件についてはさっぱり手がかりがないよ」
さすがにイケメンパワーを使った聞き込みでも限界があるようである。
「あの辺りの家の人とか窓から見ていたりしていないの?」
麗美香は、現場の市道のそばに立ち並ぶ家々を指差した。
何件か家が見える。二階建ての一軒屋が数軒、アパートも見える。
「あそこから何か見えてるかもな? 聞いてこよう!」
優はもらった菓子を豊に押し付けると、さっさと一人で行こうとする。
「ちょっと坊ちゃん。本当に調査するつもりですか?」
麗美香は、そこまでするのかと驚く。豊は呆れ顔でお菓子を抱えて特に反論しなかったが。
「『保護猫カフェ探偵!』の主人公は、村の平和を守ってるんだよ。僕もこの町の平和を守らなくちゃ!」
「いやいや、別にそんな義務はないでしょ。さっさと帰りましょうよ」
「いや、僕は行くよ!『そこに謎がある限り!』」
優は「名探偵クリスティ!」の台詞をドヤ顔で真似すると、走って行ってしまった。
「ちょっと、何なのよ。もう」
「朝比奈さん、あきらめましょう。今に始まった事では無いですから」
すっかり諦め切った豊にそう言われると、麗美香ももう何も言えなくなる。
「まあ、星川さんの時のように謎が解決したら良いじゃないですか」
「そうですかねぇ…」
麗美香は半信半疑ではあったが、あんな風に後先考えずに行動できる優が少し羨ましくもなった。
自分には全く無い要素だった。それは、イケメンである事よりも麗美香を羨ましくさせた。
いつも冷めている麗美香にとっては、優の行動は少し眩しくも見えた。
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