第13話 桜の香りの謎編(8)

「化学物質過敏症? 何それ?」


 帰りの車の中で、麗美花はこの謎の推理を披露した。豊は運転中だが、渋滞に巻き込まれ、麗美花の推理を聞く余裕があるようだった。


 優は助席で、甘ったるいオレンジジュースを飲んでいた。さっきコンビニにちょっと寄ったが、優はオレンジジュースやポテトチップスを買い込んでいた。


「化学物質過敏症って何ですか?」

「そうだよ、なんだ、それ?」


 優も豊も化学物質過敏症について知らないようだった。それも無理はないだろう。柔軟剤やシャンプーの大手企業がスポンサーになっているテレビや新聞などでは、報道できない。


 化学物質過敏者とは、柔軟剤やシャンプーに含まれる化学物質に接する事で頭痛やめまい、吐き気などを発症する疾患だ。


 特に柔軟剤やシャンプーに含まれる香料は、石油由来の化学物質で天然のものはほとんど無く、深刻な影響を及ぼす。


 この症状が発症すると、少しの化学物質に触れただけでも頭痛やめまいが起きる状態になってしまうという。柔軟剤の匂い、香水、シャンプーなどの匂いがある人には近づけない。


 酷い場合には、仕事もできない状態にもなってしまうようで、比較的自由に発言できるネットでは問題になっていた。それでも一般的には理解や認知が低いようで、何科で受診したら良いのかもわからない人が多いようである。現代の深刻な問題の一つである。


「そっか。隼人は柔軟剤使ってるとか言ってたな。凛花が避けているのは、隼人自身ではなくて、隼人の香りだったのか!」


 謎が解けて優は大興奮。謎が解けて嬉しいようだ。


「メイクアップ用品も化学物質入ってるからね。たぶん、凛花さんがノーメイクだった理由はそれよ」


 麗美香は確信して言う。


 たぶん自分のシャンプーの香りも健康を害していたのだろうと麗美香は思う。高級シャンプー桜の良い匂いであるが、万人に良い香りだとは限らない。それはどんなものでもそうかもしれない。人によっては長所は短所に変わり、短所は長所に変わる。綺麗に咲いてる桜だが、その葉には微量だが毒性があるらしい。一見綺麗なものにも毒が含まれているとは、何事も一面だけで判断せず多面的に見るようにと神様が教えてくれているようにも感じる。


 しかし、リア充はこんな化学物質まみれのメイクも頑張っていたと思うと、麗美花は自分は陰キャでも良いんじゃないかとも思い始めた。負け惜しみみたいではあるが、健康を害してまで綺麗になったり、良い香りを纏いたいとも思わなくなってしまった。


「ところで朝比奈さんは、化学物質過敏症なんてよく知っていましたね」

「近所に住んでるおばちゃんがそうなのよ。香料メーカーの開発研究室で香料の廃棄の仕事をやってたみたいなんだけど、発症したんだって」


 だから、麗美香のうちでは柔軟剤は使えなかった。そんな事は気にしなくて良いとも言われているが、この柔軟剤を使った事で傷つく人がいるのならやめておこうと母が決めた。シャンプーは激安スーパーで買った無香料のものを使っているのは、金銭的事情でしかないわけなのだが。


 ただ、麗美香はおばさんの状況は特殊なケースだと思い込んでいた。凛花の事もすぐに気づかず、良い香りの良いシャンプーに浮かれていた。そう思うと、自分は想像力が欠けていたと思い反省するところだ。見た目は健康そうでも本当に健康かどうかはわからない。


「そっか。癌や糖尿病は有名だけど、こんな風に一般的に認知されていない疾患もあるんだな…」


 優は謎が解けてはしゃいでいたが、ふと真顔になってつぶやく。


 おバカな優だが、心までは馬鹿では無いようだった。麗美香は、ちょっとだけ見直す。


「隼人くんは、化学物質過敏症を理解してくれるかな?」


 それが麗美香の一番心配材料でもあった。


「大丈夫! 早速僕が連絡したから」

「隼人くんからの返事は?」


 豊が聞く。


「まだ返ってこないけど大丈夫だろ」


 優は花が咲くように笑って頷いた。

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