第12話 桜の香りの謎編(7)

 凛花はSNSで自撮り画像見たように地味な格好だった。


 白いシャツにジーパン、髪の毛は一つに結んでいる。化粧はせず、眉毛伸ばしっぱなし。マスクをしているのでわからないが、この様子だと口紅もつけていないだろう。


 思わず麗美香は親近感を持つが、凛花は顔の形は整っていた。ただ、なぜか優たちに近づいて席に座ると顔色が悪くなり始めた。


「何? 優くん」


 その声は明らかに不機嫌だった。


「豊さんはわかるけど、こちらは?」


 麗美香に凛花は、不審そうな眼差しを向ける。


「朝比奈さんは、坊ちゃんの家庭教師というか、新しいうちのメイドだよ!」


 優がニッコリと笑顔を作って言う。


「朝比奈麗美香です。成り行きで来ちゃいました」

「そう。私は真田凛花」


 凛花はメニューを開き、水だけをウェトレスに頼んだ。


「は? 水?」


 優はこの行動に不思議がっていた。


「凛花さん、ここは私が奢りますから、好きなものを頼んでくださいよ」


 豊の慌ててメニューを凛花に見せる。メニューはフェア中で優が食べていたカロリーの塊にようなコーヒーやケーキ、シュークリームなどが目立つところに載っていたが、凛花は興味がないようで、全くメニューを見なかった。


「まあ、いいけどさ。隼人とどうなの? 隼人がちょっと凛花の事を心配していたんだけど」

「え? 優くん、隼人がなんて? なんで?」


 初耳と言った様子である。


「だから、隼人の事避けているんだろう?」

「別にそんな事はないけど」


 凛花は居心地が悪そうにマスクをさらに深く付け直す。凛花は小顔なのでマスクでほとんど顔が隠れてしまった。


 コロナでみんなマスクをしているが、こうして顔を隠さなければならないのはちょっと勿体無いと麗美香は思う。まあ、優は全くコロナを怖がっておらず、素顔でいる事が多いが。今日はマスクをしていない。


「凛花、浮気とかしていないだろうな?」

「ちょっと待ってよ。そんな事するわけないでしょ」


 凛花は優の憶測に不機嫌になり始めた。


「ちょっと坊ちゃん、憶測だけでそんな事言ったらダメじゃない。凛花さん、ごめんなさい」

「そうですよ。坊ちゃん。証拠はないじゃないですか」


 麗美香と豊の続けて言われて優はタジタジだ。


「朝比奈さん、シャンプー何使ってます?」


 ふと、凛花は不快そうに顔を歪めて聞いた。


 なぜ凛花がこんな質問をしたのが謎だったが、麗美香は素直に答えた。


「桜の香りがして、すごくいい香りのシャンプー。やっぱり金持ちは違いますねぇ」


 麗美香は隠キャラっぽくニヤっと笑うと、何が面白いのか優は大笑い。豊もつられて笑っていて、この場の雰囲気が緩いものになるが、凛花の顔はさらに不快そうだった。


 ふと、麗美花は何かピンときた。もしかしたら凛花はあの症状を持っているかもしれない?


 そう思うと辻褄が合ってしまった。


「凛花さんはシャンプー何を使っています?」


 謎の答えが本当か、確信を強める為に麗美花は質問した。優はこの意図は全くわからないようで、カロリーの塊のようなコーヒーを美味しそうに食べていた。


「私は、最近重曹でシャンプーしているの」

「重曹?」


 想像していない回答ではあったが、麗美花は「なるほど」と思う。


「ええ。けっこうツヤツヤになるわよ。そもそも毎日シャンプーする習慣って最近できたらしいですよ。うちのお爺ちゃんは昭和時代は毎日シャンプーする習慣なかったって言ってた。現代人は清潔すぎるのかもしれませんね」

「へえ、凛花は物知りだな! 凄いぞ」


 優はニコニコと笑って凛花を褒めたが、彼女は再び気分が悪そうに顔を顰めて帰っていった。


「どう言う事? さっぱりわからないよ」


 優はこの謎が解けていないようだったが、麗美花にはわかってしまった。


「凛花さんは化学物質過敏症かも知れないわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る