第8話 桜の香りの謎編(3)

 翌朝、麗美香は早起きした。


 メイドの仕事もあるからではあるが、基本的に麗美香は早起きだった。早く起きて勉強したり、体力作りのためにストレッチをしていたりする。勉強する上で体力をつける事も重要だと気づき、運動もするようになった。


 今朝も身支度を整えた後、ストレッチをした後に、各教科の勉強を終わらせ、本邸のキッチンの方に向かった。


 朝食を作るためだ。


 本来ならこの仕事はなかったが、昨日の夕飯が気に入った豊からリクエストをされた。その分給料も良くなるので、断れないといっても材料は揃っていないので、昨日のあまりのタケノコご飯の焼きおにぎりを作った。


 料理は作るまでがそれではない。食材を余らせないようにやりくりしたり、余ったメニューのアレンジも含めて料理だ。タケノコご飯は去年もいっぱい作って余らせたが、焼きおにぎりを作ってどうにか消費した事を思い出す。


 レシピブックにもタケノコご飯の焼きおにぎりに作り方も記録してあって助かった。しょゆの焦げた匂いを鼻に吸い込みながら、卵焼きを作る。昨日念のために卵を買って置いて助かった。卵はどんな料理にも使えるスーパーヒーローみたいな食材だ。おまけに値段も安めで栄養価も高い。


 ついでに自分の分の弁当もタケノコご飯の焼きおにぎりをつめ、朝食が完成した。


 割と朝食の出来には満足している麗美香だが、流し台の上にある昨日の残り物をチラリと見ると、あまり良い気分はしない。


 豊は昨日の夕飯を完食していたが、優はほとんど残していた。タケノコご飯のタケノコだけは食べている。器用なその食べ方に苦笑してしまうと同時に、以前豊が言っていた偏食というのは事実なのだろうと思った。


 以前ネット小説で読んだシンデレラストーリーでは、イケメンヒーローに芋臭いヒロインが料理を振る舞い、心の交流が始まっていたが、この料理の残し方を見ると、そんな気配は全く無さそうである。むしろ、子供がするような食べ方に残念イケメンとしか思えなくなってきた。


 そういえば昨日見た立花綾香の記事では一人息子を溺愛していたともあった。離婚後優を引き取ったが、海外で活動する為に泣く泣く別居中ともあった。あまり詮索するにのは、好きではないがこのあたりは事実なのだろうとも思う。優からは甘やかされた坊ちゃんという雰囲気がとてもよく伝わってくる。


 その上、あの容姿だ。あまり苦労はしていないんだろう。そう思うとイラッとし、優に同情する気分は失せる。ましてネットのシンデレラストーリーの小説のように恋愛に発展する可能性は限りなく低いと言っていいだろう。


 そんな事を考えながら、昨日の余り物や食器も片付けていると、キッチンに優が入ってきた。


「おはよぉ、麗美香ちゃん」


 寝癖をつけ、ダサいジャージ姿の優のイケメ度合いはかなり低くなっていた。それでもイケメンである事は変わりがないが、麗美香の中での優の印象はやっぱり悪いので、何とも思わないのが正直なところである。


「おはよう。朝ご飯食べます?」

「いえ、お腹すいてないんだよなぁ。カップラーメンは食べたいけど」


 本当に偏食のようで、麗美香がため息が出る思いだ。それでも肌はニキビがなく、きれいだ。やっぱりイケメンは偏食していても肌にも恵まれているらしい。一方、麗美香はポテチチップスをちょっと食べるだけでも翌日どっさりニキビができる。不平等だとは思うが、そんな事を考えても仕方ない。ますます自分が惨めになるばかりである。


「ごめんね。昨日もあんまりお腹すいてなくて。カップラーメン食べちゃったし」

「そう」


 媚を売るように上目遣いをしている優に、麗美香はそっけなく言う。「そんなイケメンパワーには負けませんけど?」という意思表示だ。優にもそれが伝わったようで、顔を顰めて何か呟いていた。


「いや、麗美香ちゃんって面白い女だな〜」

「何? 何か言った?」

「いえいえ、なんでもないっす!」


 麗美香が軽く睨むと、優はわざとらしくぷるっと震えて見せた。


「ところで、麗美香ちゃんって僕と同じ高校だったんだね」

「そうよ。何か問題でも?」


 あの学校はリア充の質は悪いが、一応進学校でもある。be動詞がわからないのによく入学出来たものだ。その事を単刀直入に質問すると、なんと校長と一ノ瀬浩が親戚同士というではないか。コネ入学だと悪気もなく言ではないか。心底腹たつが、「be動詞がわからない癖に!」と心の中で毒づき、なんとか冷静さを保つ。つくづく恵まれた男である。運のレベルで言えば麗美香と優は天と地ほど差があるかもしれない。


「そう、そんな恵まれた人もいるのねぇ」


 思わず羨ましそうな声が漏れる。


「でも、ストーカーされたりするのは困ったものだね。子供の頃は何度も誘拐されかけたし、女はともかく男にまで性的対象に見られるのは、怖いよ。身の危険を感じる」


 麗美香には想像できない苦労があるらしい。そう思えと平等なのか?納得はいかないが、そう思うしか無さそうだ。


「だから、学校では僕に声かけたらダメだからな」

「何でですか? 坊ちゃん」

「いや、坊ちゃんって言わないでくれよ」

「他に呼び方ないですね」

「それはそうか!」


 そう言って無邪気に笑う優は、邪気がなく、可愛らしい子犬のようではある。やっぱり「坊ちゃん」意外の呼び方が思いつかない。その上、お腹すいたといってタケノコご飯の焼きおにぎりをつまみ食い。行儀悪いし、食べた後に「あんまり美味しくない」とのたまってきたが、なぜか怒る気分が失せる。


「変に嫉妬されたり、いじめられたら面倒臭いだろう?」

「そうね。それは同意ね。わかってるわよ、坊ちゃんの事は口外しませんよ」


 珍しく麗美香と優の意見が一致していた。


「なら良かったよ!」


 花が咲くように優は笑っていて、麗美香も釣られて笑ってしまった。まあ、マスクをしていたので、麗美香の笑った顔は優には見えなかったわけだが。


「ところでで明日、休みじゃん」

「土曜日ね」

「明日、幼なじみが千葉から遊びに来るんだ」

「へえ」


 心底楽しみにしているのか、優はワクワクした目を見せていた。興味がない話題ではあるが、楽しそうにしているのは悪くはないと麗美香は思った。


「だから、明日お菓子でも作ってくれない? 幼なじみは、母さんが作ったくクッキーが好きだったんだけど、今はいないわけじゃん?」

「あなたのママに作って貰いなさいよ」


 土曜日や日曜日は基本的にメイドの仕事はないと聞いていたのだが。


「残念ながら母は今アメリカに居るんだよなぁ」

「何かお菓子でも買ってきたら良いじゃない」

「それも良いんだけど、味気ないじゃん!」

「そんなものかなぁ」

「麗美香ちゃんは料理上手っぽいし、何か作って! じゃ!」


 私の返事も聞かずに優はキッチンから出て行ってしまった。

 しかも再びタケノコご飯の焼きおにぎりをつまみ食いしながら。


「何のよ、もう!」


 どうも優といるとペースを乱される。

 若干イライラしながら豊のいる執事室に行き、この件をそうだすると、給料は出すから置お菓子を作って欲しいとの事。


「わかりました…」


 そう言うしか無さそうである。


 結局貧乏人は、札束で頬をはたかれる運命のようである。

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