第7話 桜の香りの謎編(2)

 麗美香は離れの自分の部屋を軽く片付けると、さっそく机に向かって宿題をこなす。


 これからここが自分の住処になるわけだが、やっぱり初日で緊張はする。ただ、いるものように宿題をやっていると、そんな気分は落ち着いてくる。


 親戚の佳世のおかげでこんな目にあっているわけだが、とりあえずこうして食いぶちと住む場所が見つかったのはラッキーな事だろう。バイト先に学校のイケメンがいたのは想定外ではあったが。


 宿題を終えると、離れの風呂にいく。離れには、他に誰もいないので実質自分の領地である。豊も優も本邸の方で寝泊まりしている。


 別にこの領地で何かをするわけではないが、1人しかいないと思うとちょっと開放的な気分になるのは否定できない。


 風呂も案外広く、湯船に浸かりながらちょっと気分もよくなる。


 元いたアパートの部屋も風呂はあったが、母もいるので長湯は出来なかった。そう思えば、やっぱり今の自分はラッキーではないかと思えて仕方がない。


「おぉ、シャンプーも高いやつだ…」


 ちょっと浮かれた麗美香の独り言が溢れていた。


 シャンプーは、ドラックストアで売っているちょっといいやつだった。季節限定の桜の香りで、清らかで優しい匂いだ。良い香りを楽し見ながら、家でのシャンプーを思い出す。


 家でのシャンプーは、激安スーパーで売っている1本300円ほどのものだった。ボトルに無香料と書いてあり、本当になんの香りもしないものだった。


 あの激安シャンプーの事を思い出すと、やっぱり今の自分はラッキーだ。


 湯船に浸かりながら、思わず鼻歌まで出ている。


 夢見心地で風呂からあがり、自分の部屋に帰る麗美香だが、そうそう浮かれた気分にもいられない。


 部屋を薄く暗くし、ベッドにごろ寝しながらスマートフォンの画面を見つめる。


「立花優」


 あのイケメンの名前で色々と調べてみた。馬鹿である事は仕方がないし、むしろ教えがいがあるとも思うが、豊の口ぶりを思い出すと、あの坊ちゃんは今までトラブルの火種を作っているようだった。


 あの顔だし、モテるに違いない。女とのトラブルだってあってもおかしくないし、遊んでいても不自然ではない。その火の粉がこちらに降り注ぐ前に、あの坊ちゃんについては調べておいても損は無いはずだ。


 そもなぜ苗字が「立花」なのか。この屋敷は「一ノ瀬」のはずではないか。


 その謎は検索しているとすぐに解けた。


 最近離婚した女優の立花綾香と人気ロックミュージシャンの一ノ瀬浩の1人息子が、あの坊ちゃんだった。イケメンである理由も血筋だろう。二人ともかなり顔が整っている。


 優はなかなか複雑そうな事実があるようだ。母親である綾香は女優の仕事を優先して、海外に在住。二人は離婚後、綾香が優を引き取ったが、優は日本で生活したいらしく、住居は父親の家に住んでいるそう。父親である浩はかなり多忙で、この家にはほとんど帰れないようだ。


 離婚のゴシップ記事では、一人息子を捨てたと綾香の方が叩かれていた。中には、不貞行為を疑うような憶測も書かれていて、他人事ながら嫌な気分になる。ちょっと詮索しすぎな気もし、芸能記事を見るのをやめた。


 優はSNSをやっているようだった。


 あげている写真は全部自撮りだった。写真には、自画自賛というかナルシストのようなコメントが書かれ、フォロワーの突っ込まれていた。優に両親については、ゲスな憶測ばかり書かれていたが、優のSNSはおおむね平和だった。


 ナルシストっぽいコメントの数々を見ていると、複雑な事情を持っている事に同情心を持った事をちょっと後悔するほどだった。


 あとは優についての情報は、ほとんど見当たらない。自称同級生というもののコメントが「ブスにも優しい王子様のようなイケメン」としか書いていない。嘘か本当かはわからないが、その点については安心できる。女遊び、薬などのダークな噂は見当たらない。SNSの様子からして、複雑な環境でありながらも人に好かれやすいタイプのようだ。


 とりあえず、懸念事項は無さそうである。麗美香はちょっと安心して、再び夢見心地で目を閉じた。


 シャンプーの良い香りも鼻をくすぐる。


 大丈夫。


 まだ私はラッキーな身の上だ。麗美香はそう思いながら、深い眠りに落ちていった。

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