第5話 芋臭女子のバイト探し編(4)
「え? けっこうこのエプロンはフリフリしていますね…」
麗美香は、豊からもらったエプロンを見て渋い顔をした。
さっそく時間になり、バイトが始まったわけだが、豊から支給されたエプロンは漫画やアニメのメイドのようにレースついたフリフリしたものだった。
「まあ、これしかメイドのエプロンがないんですよ」
困り顔の豊にそう言われてしまうと、仕方が無い。こう言った派手で女っぽい服は嫌いだが、麗美香はそのエプロンをつける。
まあ、下はパーカーとジーンズなので、思った以上にはチャラチャラとした感じにはならなかったが。
「意外と似合ってますよ、朝比奈さん。こう言ったエプロンもいいじゃないですか」
「そうですかね? 豊さんは、執事っぽい服は着ないんですか?」
「いえ、それはやっぱりちょっと恥ずかしいですよ」
豊に服装は、グレーのスーツである。ただ、仕立てが良いものである事は麗美香の目にも伝わってきて、この家で立場がある人間の思わされた。
「まあ、まずキッチンからいきましょう」
こうして服装の準備が整うと、本邸の方のキッチンに行く。
金持ちらしい広いキッチンである。麗美香と母が住むアパートのリビングぐらいありそうだ。
ただ、あまり使われていないのか、使用感がない。食糧庫らしいキャビネットもすかすかだ。豊に聞くと、もっぱら豊も坊ちゃんもデリバリーで食事を済ませることが多く、あまり料理はしないらしい。
「では、私は料理の仕事はないんですか?」
「いえ、坊ちゃんはすごい偏食で。ポテトチップかカップラーメンばかり食べてしまうんですよ」
頭が悪くて偏食。
まだ会った事のない坊ちゃんとやらの印象は限りなく悪くなる。
「気づけば小説ばかり読んでいるんですよ。将来の事も夢のようなことまで言い始めて」
どうやら豊は坊ちゃんの世話で手を焼いているようだった。だからこそ麗美香が雇われたわけではあるが。
「それで料理は何を?」
「野菜多めの家庭料理はできますか? 和食も」
「もちろんです。弁当も作ってるんですよ」
麗美香は今日の弁当の画像を豊に見せる。麗美香は弁当の画像をあげるだけのインスタグラムをしていた。まあ、弁当に画像だけなので、あまり見られてはいないわけだが。
「料理も上手なんですね」
「上手ってわけじゃないですけど」
褒められるのが、ちょっとくすぐった気分だ。
「この今日のお弁当の内容美味しそうですね。夕食に作ってもらえます?」
「いいですけど、材料ありますか?」
麗美香は冷蔵庫を覗く。中にはろくな食材が入っていない。砂糖、塩、醤油や味噌もないのでろくなものは作れそうにない。なぜか麺つゆだけはあったが、それだけではタケノコご飯は作れそうにない。
「材料が足りませんね。買ってきていいですか?」
「では、お願いしますよ」
麗美香は、豊からお金を貰いいつも行っている近所の激安スーパーで買い物をし、家に一旦もどってレシピをまとめたメモ帳と菜の花を回収し、一ノ瀬に屋敷にもどった。
さすがに外ではフリフリなエプロンはできなかったが、やっぱり外すとホッとするものだ。豊には褒められたが、女の子っぽいエプロンはやっぱり居心地が悪い。
そんな事を考えながら、門をくぐる。
ふと、庭の方の桜を見ると、人がいるのに気づいた。
自分と同じ高校の制服を着ていた。男子生徒のようだが、麗美香は目を丸くして彼をみた。
すぐには思い出せなかったが、今日昼休みに女子達に騒がれていたイケメン・立花優だった。興味がないのですっかり忘れていた。
確かにイケメンである。
色素は薄めだが、よく見ると眉毛は凛々しく男性ぽっさもある。こうして見ると昔の武士のような清らかな雰囲気もある。頑固そうというか真っ直ぐで意志が強そうな印象もうける。
そこにいるだけで目立つ。花が咲いたような、桜のような王子様キャラに見えた。背景にある庭の桜の木も、まるで優のためにあるかのようによく似合っていた。
「ハァ」
ため息をつく姿も様になっていたが、麗美香には全く気づいていないようである。
「俺って何でこんなにイケメンなんだろう」
そう言って優は、自撮りを始めた。うっとりとした目で自撮りをする姿は、麗美香の目からは気持ち悪く見えた。どうもこの男はイケメンであるが、ナルシストのようである。いわゆる残念イケメンをというやつだろうか。外見の印象と中身が違うようだ。
隠キャでイケメンについて興味がない麗美香は、自撮りするこの男の印象はかなり悪い。
しかし、何で一ノ瀬の屋敷の中で我が物顔でいるのだろうか。これは注意すべきだ。
「ちょっと、あなた。何でこの家にいるの?」
「は?」
優は麗美香を上から下までジロジロと眺め始めた。
不思議と嫌な感じはしない。イケメンマジックだろうか。
ブスなおかげで人からの信頼度が3割引きになっている麗美香は、冷めた気分になる。このルックスだったら学歴がなくても面接が通りやすいかもしれない。そう思うと、麗美香は感じ悪い表情をしてしまう。
逆恨みではあるが、容姿で得した事は全く無いので、ひねくれた気持ちにもなってしまう。「ブスは性格悪い!? いいえ、ブスを嫌う社会にいれば性格悪くなって当然だ!」と麗美香は叫びたくなってしまう。
「何言ってるのさ。ここは僕の家なんだよ」
キラキラとした笑顔を見せてくるが、騙されるものかと思う。
「いいえ、あなたは不審者よ」
「えー?」
優は、麗美香を珍獣でも見つけたかのようにクックと笑い始めた。
明らかに馬鹿にしているのが、伝えわってきてイライラとする。
「坊ちゃん! そろそろ家に入りましょう」
そこに豊がやってきた。
「坊ちゃん? え、この人が坊ちゃん?」
麗美香は、狼狽ながら優と豊を交互に見る。「坊ちゃん」なんて呼ぶからてっきり小学生ぐらいだと思っていた。まさか同じ高校生とは。
「こちらは、今日からメイドとして働く事になった朝比奈麗美香さんです」
狼狽ている麗美香を無視して、豊が説明する。
「えー、この子がメイドなの?」
優はビックリしていた。驚き方は若干ぶりっ子っぽかったが、
「そうですよ。朝比奈さんは坊ちゃんと同じ高校生ですが、成績優秀で資格も一杯もっています。坊ちゃんも見習いなさいよ」
「えぇ、勉強嫌い」
子供のように拗ねる優を見ながら、麗美香はだんだん冷静になってくる。イケメンであることに差別的感情を持ってしまったが、それこそ性格悪すぎである。今のところ優は何もしていない。
バイト先の相手でもある。ここは穏便に対応して置いた方がいいだろう。まあ、優の印象はあまり良くはないが。
「大丈夫ですよ。私がきちんと教えますから、成績優秀にして見せますよ」
「うわぁ、すっごい自信!」
何が面白いのか、優は再び花が咲いたように笑っていた。
「じゃあ、よろしくね。新しいメイドさん!」
優が右手を差し出し、麗美香も手を出して握手をした。
こうして麗美香の住み込みのバイトが始まった。
「はは、なんか2人とも兄妹みたいですよね」
豊は握手をする2人をみて、満足そうに頷く。
桜の花は満開。心浮き立つような春だった。
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