第4話 芋臭女子のバイト探し編(3)
次の日から一ノ瀬家でバイトが始まる。
どちらといえば麗美香はメンタルが強い方ではあるが、バイトの初日は緊張するものである。
学校の授業中もソワソワと落ち着かない気分で参加していた。
「麗美香! 一緒に裏庭でご飯食べよ!」
午前中の授業が終わると、麗美香はクラスメイトの佐藤聡美に声をかけられた。
聡美は同じ中学からの親友と言っても良い存在であった。外見は麗美香と似たような芋臭い雰囲気だ。制服のスカートは長めで、化粧もしていない。ただ麗美香と違って運動神経はあまりよく無いので背筋は自信がなさそうに丸いが。
「うん、裏庭行こう」
「私、今日弁当ないから売店行っていい?」
「うん、私もお茶欲しいところ」
麗美香と聡美は揃って教室から出て行く。クラスメイトたちの笑い声がうるさく耳に響く。
おととい、麗美香と聡美はリア充クラスメイトからさっそく隠キャのレッテルを貼られた。
「隠キャキモいんですけどー? 隠キャらしく山小屋にでもいてくださーい!」
と揶揄われ、すっかりクラスで居心地が悪くなってしまって、昼は裏庭で食べる事にした。
理不尽だ。
「そっちこそ、乱れまくった宇宙の星にでも帰れ!」と麗美香は言い返したものだが、教師たちはすっかりリア充の味方。なぜか麗美香の方が悪くなり、昼は裏庭で食べる事になってしまった。教師が地味で頭がいい生徒が好きだというケースも多いだろうが、残念ながらここは全体的にみんな成績が良い進学校。やっぱり教師も肉的な人間なのか、顔が整ってるリア充の方が好きらしい。
いくら麗美香が、事情を説明しても無駄だった。やっぱりブスは損だった。信用度が3割ぐらい落ちる。とはいえ、麗美香は成績はトップレベルなので大きく信用度が落ちて大問題になったわけでは無いが。
「本当に麗美香は気が強いわねぇ。私は普通に隠キャでいいけど」
聡美はちょっと麗美香の行動に呆れていた。同じく隠キャではあるが、聡美はおっとりと優しいタイプで中身は麗美香と真逆だった。
「だからって、基本的人権を阻害するのは許せない!」
「麗美香ってけっこう面倒臭いわねぇ」
そんな事を話しながら、校内の売店につき、お茶やパンを買い込む。昼休みだけあって売店の中は、満員電車のように混み合っていた。
売店を出ると一旦校門の前にある広場へ通る。裏庭に行くルートがこれが一番近かった。
広場では、女子の集団がキャーキャー騒いでいた。
「何、あれ」
麗美香は、群がっている羊のような女子たちを一瞥する。どちらかと言えば一人が好きで、集団が苦手な麗美香は不思議な光景に見える。
「あれ、立花先輩よ」
聡美はこっそりと、集団の中心人物に指を刺す。
「誰?」
確かにそこのは、一人の男子生徒がいた。遠目でよく見えないが、チャラそうな男子がカッコつけて女子達に何か話していた。
「立花先輩知らないの?」
「うん」
「本当に麗美香ってマイペースね。すごいイケメンって話題なのに知らなかったの?」
聡美はちょっと興奮しながら説明する。イケメン生徒が女生徒達にキャーキャー言われているということか。もう一度イケメンをよく見てみた。確かにパッと花が咲いたようなイケメンではまる。
色素は薄く、目も髪も透き通るように茶色い。顔の作りは彫刻のように整い、背も高い。芸能人でもやっていけそうだ。
「興味ない」
「本当?」
「うん。よく考えてよ、聡美。美女と野獣はあるけど、美男とブスの組み合わせってある?」
「もう、本当に麗美香って夢がないよね」
聡美は呆れていたが、すぐに同意していた。
「そうねぇ。イケメンは鑑賞している方がいいわよね。っていうか漫画みたいなイケメンはいないし」
聡美はどちらかといえばヲタクよりで、漫画も自分で描くようなタイプだった。リアルな人間より漫画の中のイケメンの方が良いとよく言っている。
「だよねぇ。イケメンなんて、私達には縁なんてないわよね。さあ、昼ごはんさっさと食べちゃいましょう」
騒がしい広場を横目に、静かな裏庭へ行く。
人気はなく静かだが、ベンチがあるので昼ごはんをら食べるのには問題ないだろう。ちょうど目の前の桜の木も満開で、眺めも良い。隠キャだからと言って追い出されたわけだが、別に悪くはないと麗美香はしみじみと思う。
麗美香と聡美はそこに腰掛け、弁当やパンの包みを開け始めた。
「麗美香の弁当美味しそうねぇ」
「へへ。私の手作りよ」
麗美香の弁当箱には、タケノコの炊き込みご飯、菜の花のおひたし、豆腐ハンバーグが入っている。菜の花のお陰で彩りもよく、家庭の弁当らしい素朴さもある。
本来なら母は弁当を作ってくれる予定ではあったが、母も田舎への引っ越し準備で忙しい。
麗美香は料理も嫌いではないし、もしかしたらあの屋敷の仕事の一貫で料理を作るかもしれない思い、せっせと朝から作った。ちなみに菜の花は近所のおばちゃんからの差し入れである。
貧乏で辛いと公言していたら、よく野菜やお菓子を貰うようになってしまった。貧乏は辛いが、こういう時は嬉しい。麗美香はプライドは低く、自分の欠点などを公言するのは恥ではない。そもそも顔の作りが既に恥である。これ以上かける恥は無いのだ。
「すごいわよ、麗美香は。私なんてカップ焼きそばも美味く作れないもの」
「いやいや、聡美。カップ焼きそばは料理と言えないし、作れないのはやばいよ?」
「意外と湯切りが難しいのよね。っていうかカップ焼きそばって焼いてもいないのに何で焼きそばって言うんだろう」
「確かに妙ね」
隠キャらしい色気のない話題で盛り上がる。かつて二人の間で恋バナで盛り上がった事は1秒もなかった。
まあ、聡美は推しの漫画やゲームのイケメンキャラがいかに素晴らしいかは語るが、リアルイケメンにきゅんとした事は二人とも無い現象だった。
リア充どもは、恋だとか愛だとか騒いでいるが、こに隠キャ二人には一切縁のない話だ。下手したら一生縁がないのかもしれない。さっき広場で見た立花というイケメンの事はすっかり忘れていた。この隠キャ二人にとっては、すぐに忘れて良い問題でもある。覚えていた所で何もなら無いというのが、現状であった。
下らない話をしながら、二人ともあらかた弁当を食べ終わる。二人とも早食いである。これは隠キャならではの現象だ。最近はコロナのせいで黙食も推奨されれいるが、中学ではグループを作らされて給食を食べさせられた。
うっかりリア充と同じグループのなってしまったら地獄。1秒でも早く給食を食べ終え、図書室か校舎裏にでも逃げたかった。同じ中学にいた麗美香と聡美はこの食習慣がすっかり定着し、早食いになってしまった。
黙って15分以内に食べる黙食というシステムが出来た時は、二人ともて手を叩いて喜んだものだが、この高校には「反コロナ」「反ワクチン」の厄介な活動をしている保護者がいて、黙食が中止になってしまった。どこの保護者かは不明であるが、余計な事をしてくれた彼らには恨みたい気持ちになる。
「ところで麗美香はバイト決まった?」
「決まったよ!」
その話題に思わず笑顔になる。今のところ自分にとっては最高なバイト先である。
「えー? 本当に? 住み込みのバイトで高校生オッケーのバイトなんてよく見つけたわね」
「そうなのよ、本当に運がよくて」
しかしそれ以上はいくら親友の聡美にも言えやしない。聡美は不審がってどんなバイトかは聞いてきたが、やっぱり豊と約束している以上、バイトの事は口外出来なかった。
「まあ、訳ありっぽいね。麗美香がそう言うなら深く聞かないけど、頑張ってね」
「うん。頑張るよ!」
聡美に励まされて麗美香は、笑顔で頷く。
バイトが初日で緊張していたが、親友に応援されると元気が出てきた。
授業が終わると、麗美香は荷物を家から取りに行き、さっそく一ノ瀬家のお屋敷に向かった。
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