第3話 芋臭女子のバイト探し編(2)

 イケオヤジの名前は、一ノ瀬豊といった。豊さんと呼んでくださいね!と優しく言うものだから、麗美香はコクコクと頷く。


 麗美香は、この名前と違って容姿は地味だ。いや、はっきりと言えばブス。とてもマイルドに言えば芋臭い。おじさんと言えども男性に丁寧に扱われるのは珍しくドキドキとしてしまう。


 まあ、麗美香はメンタルは強いし、体力もあるので、態度が悪い男にはキツく言い返したり、時には拳でぶん殴る事もあるのが。最近は護身術にハマり、休日には動画を見ながら身体を鍛えていた。芋臭い女子高生でがあるが、麗美香は意外と運動神経は良かった。


「さて、どうぞ座ってくださいよ」


 麗美香は本邸の方ではなく、離れに方に通された。

 離れといっても一般家庭の二階建てぐらいの家ぐらいの広さだ。廊下にあるツボや絵画も高そうで、やっぱり金持ちだと思わされる。


 一階のリビングのような場所に通される。

 ふかふかなソファに麗美香は、緊張してしまう。テーブルもどっしりとした木製で表面がツヤツヤだ。


 豊が出してきたティーカップは、バラの絵が描かれ、とっては繊細な趣きがある。麗美香が家で使っているペットボトルのおまけで貰ったマグカップと天と地との差があった。中身の紅茶もいい匂い。最近麗美香が買った百円均一の紅茶と大違い。豊かな香りが麗美香の鼻をくすぐる。ただ、味は緊張してあまり実感できなかった。


「そんなに緊張しないでくださいよ、朝比奈さん」

「は、はい!」

「ここでの仕事は住み込みで、主に坊ちゃんの世話と友達になってほしんです」

「坊ちゃん?」


 そんな事は求人票には書いていなかった。メイドの仕事で掃除や簡単な料理。労働時間は16時半から19時、あとは突発的な仕事がたまにあるという感じだったが。


「ええ。実は掃除や料理は執事の私一人でどうにかなるんですが」

「執事だったんですね」


 なんとなくそんな感じはしていたが、豊は執事という立場だったのか。身のこなしや話し方などは確かに執事っぽいと麗美香は思う。


「ええ。坊ちゃんはわがままで手を焼いているんです」

「失礼ですがお母様とお父様は?」

「母親は仕事で海外に行くことになり、この春からここに住む事になりました。父親も多忙で帰って来れないんですよ」


 そういう事情だったのか。メイドというよりは、乳母のような存在を求めているようだと麗美香は理解する。


「とにかく坊ちゃんは成績が悪いので、勉強の面倒も見てくれるとありがたいです。テスト前は時給も上げますし」


 麗美香は心の中でガッツポーズをしていた。麗美香は学校の成績がオール5の優等生だ。他にも趣味で資格も色々とっているし、勉強を教えるのは苦ではない。


「朝比奈さん、とりあえず履歴書を見せてくれますか?」

「はい!」


 麗美香は、かなり元気よく返事をして豊に履歴書を見せた。


「ほぉ…。え? 英検一級にトイック990点、簿記準一級、秘書検定一級…」


 豊は麗美香がとった資格の数々を見て目を丸くしていた。


 全て独学で取った資格だ。しかも中学生の時にとった。資格をとった時は、「天才中学生」として地域の新聞に載った事もあったが、誰に強制される事もなく、将来の安定のた為に勉強したのだ。


 もちろん、学歴が一番重要なので、学校の勉強を優先して取ったものではあるが。


 麗美香は頭は良かった。外見に全く恵まれなかった代わりに、神様が憐れんで恵んでくれたのかもしれない。運動神経だって良いし、美術や音楽の成績も良い。無いのものは金と父親と容姿と言って良いぐらいだった。


「勉強教えるのには自信がありますよ!」


 麗美香はここぞとばかりに自分を売り込む。まあ、容姿が悪い事は重々承知しているので、可愛い子がするようにわざとらしい笑顔などは出来ないわけだが。


「これはこれは…。これだったら坊ちゃんも勉強してくれるかもそれませんね。いいでしょう、朝比奈さんは採用です」


 麗美香は、今日二度目のガッツポーズを心の中でする。

 今までは「頭はいいがブス!」「名前は可愛いのにブス!」「運動神経がいいのにブス!」と散々言われてきたが、報われたようである。運も良い方ではなかったが、これは運が良いと言えるだろう。


 さっそく明日から働くことになり、豊から住み込みする為の部屋も案内される。


 部屋はこの離れの奥の方にあった。以前もメイドを雇っていたのか、空っぽな木製なベッドや机もすでに設置されてあった。


「ちょっと埃っぽいでしょう」


 豊は苦笑して、窓を開ける。窓から葉、満開中の綺麗な桜の木がある。思いがけない幸運な成り行きに麗美香の心もこの桜の花びらのように華やかに色づく。


 お花畑? いや、満開なお花見気分である。


 まあ、容姿に自信がない麗美香は、嬉しさそ悟られないような表情を作っていたが。今はマスクしているが、自分のブスっぷりは重々自覚しているのだ。


 所詮社会は、ブスに厳しい。美男とブスという組み合わせはあり得ないし、同じ実力だったら美人が顔採用されるだろう。だからこそ、安定できる実力が麗美香は欲しかった。資格の勉強もしていたのもそんなところが理由だった。


「ところで朝比奈さん」

「何ですか?」


 さっきまで笑っていた豊は急に真面目な顔を作った。


「ここでの仕事は決して口外しないように」

「何でですか? 親もダメですか」


 思わず情け無い声が出る。親にバイト先が言えないと、強制的に田舎に住む事になってしまうかも知れない。

 豊にも何か事情があると思われるが、そこは譲れなかった。


 麗美香は涙ながら、これまでの事情を説明した。


「そうですか。なら、お母様に事情は私が説明しましょう」

「良いんですか?」

「ええ。お母様の都合がいい日に」

「今日は家にいますよ」

「なら、この後さっそく行きましょう」


 大人である豊にこのバイトを母に説明して貰える事は心強い。


「ただ、それ以外のお友達や近所の人には口外しないでくださいね」

「何でですか?」

「うちはこの通り金持ちでしょう」


 貧乏人や小金持ちが行ったら嫌味になるだろうが、実際そうなのだから豊の口調は淡々としていた。


「色々とめんどくさいのですよ、世間が」

「そうですか。わかりました」


 納得はできないが、豊にも事情がありそうだと察する。ここでワガママをいい、バイト内定が取り消される事は避けたかった。


「おぉ、朝比奈さん。素晴らしいですね」


 なぜか褒められてしまったが、雇い主が命令している以上はここでの住み込みバイトは口外しない事に決める。


「ところで朝比奈さん、恋愛には興味がありますか?」

「えぇ? 恋愛?」


 思わず変な声が出てしまう。

 未知な分野である。


 この通り容姿がマズい麗美香にとって、この話題はタブー。男性は優しく無い生き物だと脳にインプットされている麗美香は、すっかり恋愛については諦めていた。そんな事をするぐらいだったら、英単語の一つや二つでも覚えた方が良いとすら思ってしまうが。


「いえ、興味がないです」


 それに自分が恋愛だなんてキャラが違う。やっぱ違和感しかない。自分に彼氏がいるところなど麗美香は全く想像が出来ない。


「そうですか。それはよかったですよ」

「何でそんな質問するんですか?」

「いえ、坊ちゃんも一応性別はオスですし」

「そんな、子供に手なんて出しませんよ。それに自分より成績が悪いのは」


 ちょっと笑ってしまう。


 同級生の男子が麗美香が簡単に解ける問題につまづいているのを見ると、全くオスに見えないのは確かである。


「はは、そうですよねぇ。坊ちゃんは本当に成績が悪くて」

「そんなに悪いのなら覚悟しないといけませんね」

「ええ」


 こうして豊さんとしばらく笑っていた。


 その後、二人で母の事情を説明し、あっけなくバイトが決定した。

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