戦闘
夕陽が差し、霧も深い、誰もいない通りの真ん中で、スモックを着た汚らしい農夫が口をくちゃくちゃとさせながら立っていた。
それに相対するのはソフィアとアラン。ソフィアはリボルバーの弾倉を戻し、アランは気合を入れるためにコートの居住まいを正していた。
「で、どうする?」
アランが油断なく前を向いてそう言うと、ソフィアは振り返って銃口を後ろへと向けた。
「まずは後ろ!!」
パァンッ!
ソフィアの声と共に軽めの銃声が鳴る。銃口から亜音速で飛び出した銀の弾丸は、回転しながら真っすぐと飛び出し、女の子の姿をとるゴーストの判別が出来ない顔へと吸い込まれていく。
【ミッギャアアアアアア!!】
すると、頭を打ち抜かれたゴーストはけたたましい悲鳴を上げて、後ろへ弾かれる。
(よし、銀弾ならいける!)
続けざまに、ソフィアは両手でしっかりとリボルバーを保持した後、もう一発の銀の弾丸を放つ。それは倒れ込んだゴーストの腹へと確かに突き刺さったが、しかし、二発目の銀の弾丸ではゴーストは苦しまなかった。
「なんでだよ!」
「ダン!とりあえず逃げるぞ!」
「ああ!」
アランの言葉に導かれるようにソフィアは走り出す。農夫は動かず、ゴーストは倒れ伏したまま動けなかった。
二人はいつも以上に霧が濃くなったロンディニウムをひた走る。しかし、走れども走れども人と出会うことはなく、馬車を引く馬も、猫もネズミも見当たらない。まるで、空っぽの都市に迷い込んでしまったかのようだった。
ソフィアはこの光景に心当たりがあった。
(異界か!ゲームじゃ、ここで戦闘が起こるんだったな!)
二人は後ろから何も追ってこないことを確認すると、走るペースを落として速足のまま街を行く。そして、息を整え終わった頃アランが足を止め、ソフィアの肩に手を置いた。
「ダン。落ち着いて聞いてくれ」
「手短に、簡潔に頼んだ。もう何にも驚かない」
アランは肩に置いた手とは逆の手で、ソフィアの目をしっかりと指さす。まるで、しっかりとこの指先を見て正気を保て、と言っているようだった。彼はその指をわずかに震わせながら、大真面目な表情で口を開く。
「ここは異界だ。ここは現実とは違った空間なんだ。妖精や怪物、幽霊、そう言ったものが跋扈する世界。
僕たちは何者かの手によって……十中八九はあの農夫らしきモノの手でここに引き込まれた。
脱出方法は二つ。逃げ切るか、あの農夫を殺すかだ」
ソフィアはその言葉に目をつぶって二度、深呼吸をする。
(まさか、こんなにも早く自分が主人公たちと同じ目に合うとは……。
もっと準備をしたかったが、腹をくくるしかあるまい。
私はここで死ぬつもりはない。冷静にいけ!)
ソフィアは目を開けてアランと目を合わせて頷く。
「よし。大丈夫だ」
「本当に?」
「ああ」
アランが心配そうに聞いてくるのに、ソフィアは頷き返し、走ってきた道の方向を見る。そこには、女の子が立っていた。
「ダン。さっき貴方が撃ったのは?」
「銀の弾丸だ」
ソフィアはリボルバーの弾倉をスライドさせ、残り二発になった弾丸の内一発を抜き取る。銀色に光り輝く弾頭と、金色に輝く真鍮製の金属薬莢。アランはそれを見て目を丸くさせる。
「なんでこんなものが?」
「鉛玉を作るついでにな、お守りにでもしようと作ったんだ」
アランは口を開きかけ、見たことのない形の拳銃についてや、これまた見たことのない機構、弾丸について聞きかけたが、口を閉じて深く追求しないことにした。今はそれどころではないからだ。
「残りは後二発。だが、あのゴーストには二発目が効かなかったから撃たないぞ」
「一発目は何か別の細工は?」
「確か……ああ、そうだ。子供にあげようと思ったんだ。それで、せがまれて草の、ヤドリギの彫刻をした」
「それだ!」
ソフィアが面倒を見ている義妹たちの顔を思い浮かべ、彼女達のために彫刻をしていたことを忘れていたことを悔いるように頭を掻き、その言葉にアランは指をはじいて大きな声をあげた。
すると、ゴーストの女がゆらりと顔を上げて、二人のことを見つめ、やがてゆっくりと動き始める。
「大馬鹿者」
「すまない。でも、それだよ!」
「解説をしてくれ」
二人は踵を返してまたロンディニウムの街を駆けだす。そして、アランが息をわずかに切らしながら早口に解説を始め、その間にソフィアは一発の銀の弾丸はそのままに残りは鉛玉を装填していく。
「ヤドリギには様々な逸話と伝説があるんだ。冬でも青々としていて、それなのに地面に根を張らない。だから、特別なものとみなされ、不死、生命、復活、様々な物を象徴した。
そして、それはやがて、魔よけとしての意味も持つようになった。
これほどゴーストに有効なものはないよ」
「詳しいな」
「まあね」
ソフィアは鉛玉を始めに撃てるように弾倉を回し、装填を終える。そして、リボルバーを右手に持ちながらアランに問いかけた。
「詳しいなら、アラン、君が方針を決定してくれ。私が持っているのは、11発の鉛玉、2発の銀の弾丸、それだけだ」
そして、ソフィアは左手で顔の包帯をずり下げていく。アメジスト色の瞳、切れ長の目、はっきりしていて整った目鼻立ち、それらが露わになって行き、彼女はその理性的な瞳でアランへと視線を送る。
「私は今更何も言わない。君がどういう知識を持っていようが、どういう人間であろうとね」
アランは、中性的で明らかに高貴な雰囲気を醸し出すその顔を見て、なるほどこれは隠すだろうと納得する。そして、誠意を見せてくれた彼にふっと笑うと、深く頷いた。
「なるほど、ハンサムだね」
「どういう意味だ、それは」
「モテそうだってこと!」
そう言いながらアランが前に飛ぶように姿勢を低くする。すると、物陰から灰色の何かが嵐のように飛びかかってきて、ソフィアはそれに対して右腕をずいと伸ばし、引き金を引く。
ガァン!と激しい音が鳴り、それとほぼ当時に「ギャウン!」と獣の悲鳴があたりに響く。
アランが殆ど転んだ状態から姿勢を戻して後ろを振り返ると、そこには顔からぼたぼたと黒い血を流す狼がいた。ソフィアは油断なくその狼にリボルバーを向けながら、隣のアランに手を貸して立ち上がらせる。
「アラン。5発撃ったら装填を挟む。今はあと4発だな。必要とあらば銀弾を撃つが、指示をくれ」
「わかったよ。必要なものがある。今は逃げよう」
狼が顔を上げて二人のことを睥睨する。ソフィアはそれが動き出す前に、発砲するが、次は狼が俊敏に飛び退いて回避されてしまう。そんな中、アランは空中に向かって声を張り上げた。
「ピクシー!」
【はぁい!もう呼ばれないと思っとったよ!】
その声に現れたのは、緑色の可愛らしいドレスに身を包み、尖ったナイトキャップのような帽子をかぶった透明な羽の生えた妖精だった。
「誤魔化してくれ!」
【わかった!迷っちゃえー!】
ピクシーが気の抜ける口調で両手を振り上げ、勢いよく下ろすと、二人と狼の間の霧が一気に濃くなっていく。すぐに狼がこちらへと走ってこようとするが、あまりに濃い霧でその灰色が見えなくなってしまった。
「いくよ。長持ちはしない」
【頑張れー!応援してるよ!】
頭の上にピクシーを乗せたアランが踵を返して小走りで歩みを進め、ソフィアもギリギリまで霧の奥へ銃口を向けながら彼についていく。
霧が深いのに不思議と露で濡れないレンガの壁に囲まれた路地を急ぐ中、ソフィアがちらっとピクシーの方を向けば、彼女とパチリと目が合う。
【やっほー!お元気?】
「アラン、説明はしなくていいぞ。これからどうするかだけでいい」
【えーっ!】
「うん。とりあえず輪っか状の物があればそれで何とかする」
ピクシーはソフィアに手を振ったり、無視されれば空中で宙返りしてからアランの頭の上で地団駄を踏むなど、実にコミカルな動きをする。なお、余裕のない二人はそんな彼女に構ってられはしなかった。
やがて二人は路地を出て大通りに抜ける。相変わらず通りには誰もいない。そして、輪っか状の物を見つけるためにこのまま通りを行くのか、逃げ場が少ない建物の中に入るのか、その決断を迫られる。
「どうする……」
ソフィアがそう呟いた時、アランは霧の奥に四角いシルエットを見つけ、それに向かって一目散に駆け出していく。やがて距離が近付くと、そのシルエットが霧の奥から現れ、形をとらえる事が出来た。
それは馬のいない馬車だった。
アランはその馬車の車輪にとりつくと、それをどうにかしようと手で触れる。
「ダン!これだ!これを使う!車輪を何とか取り外せないかな?」
「どけ、一つでいいな?」
ソフィアはアランを退かして、それからリボルバーを持ちながら馬車の横に立つと、その車軸と車輪を繋ぐ固定具に向かって二度、三度と発砲していく。鉄製のそれが甲高い金属音を鳴らしながら弾け飛ぶと、ソフィアは馬車に肩を当てて僅かに浮かせながらその車輪を引き抜きにかかる。
【来てるよぉ!】
その時、遠くを見ていたピクシーが危機を知らせる。二人がはっと顔を上げると、霧の向こうに小さな子供の影が。ゴーストがゆらゆらと覚束ない足取りでこちらへとやってきていた。
「まだかかるぞ!」
ソフィアはそれに焦った声をあげながら歪んだ車軸の端を思い切り蹴ることで矯正し、抜きやすくする。
「手伝う!」
「真横に引っ張れ!せーのっ!!」
そして、ソフィアとアランが車輪を渾身の力で無理やり引き抜くと、アランはその勢いで尻もちをついてしまう。
しかし、車輪は抜けた。それはゴロゴロと転がり、やがて通りの真ん中で横に倒れる。
はっと振り返れば、もうすぐそこまでゴーストは来ていた。
ソフィアが馬車から肩を放すと、馬車がバランスを崩してギギッと音を鳴らす。そして、彼女はなけなしの銀の弾丸を撃つかどうかを迷い、リボルバーを構えながらアランの方を見た。
そこには、光が満ち始めていた。
【魂は眠る 身は亡ぶ】
アランは車輪の傍らに座り、両手をそれに添えていた。
【そして、廻り、巡り、流転する】
車輪が輝き、風が吹き、コートをはためかせる。
【月桂樹の根を枕に 迷える魂よ、眠れ!】
その言葉と共に、冷たい風が一陣、通りを吹き抜けていった。
【……………!】
アランがゴーストの女の子へと向けて、呪文を詠唱しきらんとするその瞬間、女の子は嬉しそうに笑った。
冷たい風が彼女に吹き付けると、女の子は木の葉が舞い散る様に、吹き上げられていく。
ソフィアは風の向かう方向へと思わず目を向けた。風の通り道は不思議と霧が晴れていて、まるで一本の光の回廊のようだった。もはや女の子は空気に溶けどこにもおらず、アランと車輪が発していた光もその回廊へと導かれるように消えていく。
そして、吹き荒れる風がやむ前に、馬車の上に灰色の影が突如現れた!
「ダン!」
ソフィアの死角からの攻撃にアランが悲鳴のような声をあげる。ソフィアはその声に正気に戻り、せめて頭を庇うために左腕を掲げながら体をひねりながら飛び退く。
上から下への狼の爪はソフィアの頭があったあたりで空を切り、ソフィアは背中を強かに石畳に打ち付けながら、リボルバーを今まさに着地した狼の体めがけて発射する。
ガーン!!
「あ゛ッ!!あ゛ぁ!!痛い゛!!い゛だぁァいい!!」
果たして弾丸は狼の右肩を吹き飛ばす。狼は犬のような姿形ではなかった。それは頭だけが狼の、毛むくじゃらの人間だった。彼は人語で悲鳴を上げ、そのおぞましい光景にアランが顔を顰めながら痛みに悶えるソフィアの元へと駆けつける。
「うぐ…、あ、あれは狼男か?」
「だろうね。大丈夫?」
「大、丈夫だ。ゴーストは?」
「もう輪廻の輪に戻ったよ」
ソフィアはアランに手を貸してもらいながら立ち上がる。打ち付けた背中が痛むが、頭を裂かれるよりは十分マシだった。
「狼男なら、銀の弾丸だな。これくらいなら分かる」
「あの建物探る奴、殺さないといけない。追いかけて、追いかけて、殺さないといけない。
…………なんで?なんで?」
狼男が血の滴る右肩を押さえつけながら、まるで自分に言い聞かせるかのように呻く。それにアランは気の毒そうな表情を向け、ソフィアは鉛玉と先ほど抜いた銀の弾丸を装填し、弾倉にある銀の弾丸二発の位置を確認した。
「……随分狂わされてるみたいだ」
「そうか。関係ない」
「できれば一発で……」
「保証はできないな」
ソフィアが弾倉を戻したのと、狼男が地面を蹴るのは同時だった。
「殺っ!殺さないと!!」
「ダン!」
狼男が爪を振り上げる、ソフィアはシリンダーを回す。
狼男が大口を開ける、ソフィアはハンマーを親指で持ち上げた。
(一発、無理だな)
ソフィアはあくまで冷静だった。リボルバーの銃口を狼男の下半身へと向け、引き金を引き絞る。
引き絞った瞬間、狼男は人の身長よりも高く飛び上がった。
そして――
カチン
――とハンマーが落ちる音だけが響いた。
そして、ソフィアはすぐさま真っすぐ銃口を上に向けた。空中で放物線を描く狼男にはもうどうすることもできない。
ガーン!!
「ッッ!!あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
汚い悲鳴を上げた狼男はへその下あたり、骨盤を致命的に破壊され、弾丸のエネルギーによってバランスを崩し、ちょうどソフィアの目の前の地面に顔から墜落してしまう。
ソフィアは油断なく反動で持ち上がった銃口を素早く戻し、照準を目の前の狼の頭、その中心へと定める。
引き金が引き絞られ、回るシリンダーに装填されていたのは一発の銀の弾丸。
「ああ……」
パァン!!
狼男が諦観の表情でソフィアのことを見上げた瞬間、乾いた音が通りにこだまのように響いていく。
「終わったか?」
【死んでるねぇ】
ソフィアがつぶやいた言葉は、空を飛ぶピクシーによって肯定される。アランも、霧に目を向けるように視線を彷徨わせて口を開いた。
「霧の動きが変わった。異界の主は居なくなったよ。現実に戻れる」
「そうか。じゃあ、色々説明してもらおうか」
二人は段々霧が濃くなっていく中、歩道へと足を向ける。そして、彼女達が歩道へと登り、狼男の方へと振り返ると、彼の姿はもう霧のヴェールに隠されてしまっていた。
ソフィアはすぐに踵を返したが、アランは彼のことをじっと見つめていた。やがて霧が薄れていき、人々の喧騒が遠くから帰ってきたころ、彼はようやくソフィアの背を追いかけた。
二人は無言で人の少ない路地を歩く。そして、路地を何度か曲がって、帰ってきた人々の喧騒がまた遠ざかった頃、ソフィアは振り返る。
「さて、ここならいいか」
【いいんじゃない?】
「どこから説明したものか……」
ピクシーはソフィアの肩に止まり、アランは腕を組んで唸り始める。その間の時間を使ってソフィアは、ピクシーが止まっていない方の手を使って片手で器用に包帯を巻き直していた。
「端的に言うと、僕は魔法使いでね。魔法なり魔術なりで人探しをしていたんだ」
「
「まあ、
ソフィアはこれ以上を追求しようか迷い、空を見上げた。そこはもう夕焼け空ではなく、星々が瞬き始めていた。
(原作ではアランは魔法使いってことくらいしか説明されないから、何も知らないんだよな)
「やっぱり、恐ろしいかな?」
ソフィアが空を見上げたことにアランは何かを勘違いしたのか、自嘲気味な笑みを浮かべて肩をすくめた。そんな彼に、ソフィアは夜空から視線を戻し、アランのことを見る。
「別に、恐ろしくはない。ただ……」
「ただ?」
「……そうだな。君が心優しい男だという事はなんとなく分かっている。
ゴーストにつかった魔法で、私はよくわからないが、彼女は輪廻の輪に戻ったんだろう?」
「うん。本当はもっとちゃんと送ってあげたかったんだけど」
「そうか。それが分かっていれば何でもいいか」
ソフィアは仕舞っていたリボルバーを取り出し、その中から最後の一発の銀の弾丸を抜き取る。そして、リボルバーだけを仕舞い、その弾丸を弄り始める。
急に無言で弾丸を弄り始めたソフィアに、アランは手持無沙汰になって、彼女の肩に乗るピクシーに視線をやった。すると、ピクシーはやれやれと首を振り、アランはどこか所在なさげにソフィアに声をかけた。
「子供、いるんだって?息子さん?」
「娘だ。ちょうど10」
ソフィアはアリス達のことを思い浮かべながら答え、その回答にアランは一瞬、何かを考えるかのように明後日の方を向き、すぐにソフィアへと視線を戻した。
「僕にも娘がいてね。今は寄宿舎にいるんだけど」
「そうか」
ソフィアは短く返し、少し手を止め、それからまた手を動かしながら口を開いた。
「娘のために働いてるのか。出稼ぎか?」
「そんなところ。田舎ではお金が稼ぎにくくてね。ロンディニウムなら稼げるかと思って出てきたんだ。
魔法を使えば色々探せるからね。それで稼いでいるんだ」
アランの背景を知ったソフィアは「そうか」とまた短く言って、工作が終わったのか顔をあげる。手には、薬莢から抜かれた銀の弾頭がだけが握られていた。
「……結局だ。まだ事件は終わってはいない」
「え?あの狼男が……いや、そうか」
「そうだ。あの失踪者リストの中にはあの狼男に殺された者もいるだろう。恐らく、今まで断続的に出ていた失踪者はアレにやられたと推測できる。
だが、それだけでは失踪者の数が多すぎるし――」
ソフィアが銀の弾丸をアランに投げて渡し、それを受け取った彼は真剣な表情で頷く。
「貴族の失踪が説明できない。彼はゴーストストリートには行っていない」
「ああ。まだ事件は終わっていないどころか、未だ私たちは振り出しから動けていない」
アランは頭を掻き、思った以上に大きい事件に巻き込まれかけていることを自覚する。多くのことを知っているソフィアもこの事件の根幹がどこにあるのかを特定できていなかった。
アスタロト以外の悪魔が関わっているのか、それとも全く別の魔法使いが独自に動いているのか、いずれにせよ、ソフィアはいくつか確認しないといけないことがあった。
「私は独自に調べてみる。君はこれからどうする。降りるか?娘がいるんだろう?」
ソフィアの問いかけにアランは首を振る。
「一度約束したことを反故にすることはできない。例え、それがどんな約束だろうと」
「魔法使いとして、か」
アランは頷く。そんな彼にソフィアは微笑むと、彼の手の中の銀の弾丸を指さす。
「気安めだろうが、お守りだ。魔法使いには不要だったかな?」
「いや、そんなことはない。ありがとう。心強いよ」
アランが銀の弾丸を握りしめて頷くと、ソフィアの肩に乗っていたピクシーが彼女の頬にもたれかかりながらつまらなそうな声をあげる。
【ねぇ、話終わった?】
「うん。終わったよ」
ピクシーに言葉を返すのはアランで、ソフィアは少し鬱陶しそうに視線をピクシーとは別の方向へと向ける。そんなソフィアの仕草には気付かず、ピクシーは彼女の肩に立って腰に手を当てる。
【まあ、あんたたちが何しようと勝手だけど、アラン、何かやるなら気を付けてね】
「どういうことだい?」
【このあたり、いや~~な雰囲気がい~~っぱい】
アランが少し剣呑な表情でピクシーに問いかけると、彼女は頬に指を当てて【ん~】と考えるそぶりを見せる。そして、ソフィアの肩の上でぐるぐる回り始めると、ぱっと花が咲いたような閃いた顔をする。
【懐かしい何かがいるっぽい感じ!】
「懐かしい?」
【そ、懐かしい感じ。でもなんか違う感じ】
ピクシーの要領を得ない言葉にアランが首を傾げていると、言いたいことは全部言ったとすっきりした表情でピクシーが羽根を震わせてソフィアの肩から飛び上がる。
【ま、サイダー分は働いたし、好みの男に忠告できたし、私は帰るよ。
サイダー美味しかったよ。じゃあね!】
「あっ!ちょっと!」
【また呼んでね~】
アランが慌ててピクシーのことを引き留めようとしたが、彼女は一瞬にして消え去ってしまう。後に残されたアランがソフィアに向き直り、首を傾げつつ口を開いた。
「さっきの意味わかる?」
「いや、『気を付けろ』以降は何も聞こえなかった。教えてもらえるか?」
このソフィアの言葉は真実だった。『懐かしい何かがいる』というくだりはアランにだけ聞こえていた。そして、それを理解したアランははっと目を見開くと、首を力強く振る。
「いや、駄目だ。彼女が隠したってことは、知らない方が良いってことだ」
「そうか。気にはなるが、仕方がないか」
ソフィアは本当に気にはなっていたが、下手に追求してあのピクシーの恨みを買うのは嫌だったのでこれ以上は踏み込まないことに決めた。
そして、彼女はポケットに手を突っ込むと、アランから視線を外し、彼に背を向けて歩き始める。
「私も帰るよ。何かが分かったら銀の輪亭に言付けを頼むから」
「ああ。今日はありがとう。貴方と出会えたのはとても幸運だった」
「こちらこそ」
ソフィアもアランと同じく深く自分の幸運に感謝した。彼女は路地を曲がって、アランの視線から外れる寸前で足を止める。そして、包帯を巻いた顔で彼に首だけを向けた。
「アラン。一つ、忠告だ」
アランは頷く。ソフィアは低い声を一層低くして口を開いた。
「君はこれから色々なことを知るだろうが、あまり知り過ぎないほうが良いだろう」
「それはどういう?」
アランがピクシーにしたように彼のことを呼び止めようとしたが、ソフィアはもうアランの声が届かないのか、歩みを止めずに、路地を曲がって闇夜へと消えていった。
「どういう……ことなんだよ……」
一人残されたアランが、深い不安に押しつぶされないように空をおもむろに見上げる。
星空は未だ瞬いていたが、やがて薄雲が星の光をどんどんと薄れさせていくのだった。
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