第四話 死んだ目の理由

「どうだい、美味しいだろう?」

「はい、とても」


 変わらず笑顔で接してくれるアルバート様の事をジッと見つめながら、私は久しぶりに美味しいと思える紅茶の味を楽しむ。


 ……いえ、楽しむなんて嘘ね。今の私には、彼の死んだ目の事ばかり考えている。


 私も経験があるから知っている。あの目になるには、よほど辛い目に合った人間しかならない。彼にも、そんな重い出来事があったのかしら……?


 気になるとはいえ、じゃあ何があったのかなんて本人に聞くのは、あまりにも無礼すぎるわ。


 でも、このままジッと見つめていても……別にどう思われても良いし、適当な話題でも振ってみましょう。


「随分と熱心に研究をされているようですけど、なんの魔法の研究をされてるんですか?」

「おお、僕の魔法に興味があるのかい!? いやぁその探求心、とても好印象だよ! さすが僕の妻になる女性だ!」

「は、はあ。ありがとうございます」


 悪い人ではないのだろうけど、このテンションの高さは中々慣れないわね。前世にいた陽キャのような感じで、ちょっと苦手かもしれない。私は生粋の陰キャだったからね。


「僕が作ろうとしているのは、まだ誰も成しえていない、究極の魔法だ! 今から十年前……僕が十歳の時から研究しているんだが、まだ完成の目途が立っていなくてね」

「十年もですか。それは凄いですね」

「ただの執念みたいなものさ」


 執念だけで、そんなに一つに魔法の研究に没頭できるのだろうか? もしかして、その目と何か関係があるとか……?


 ……って、こんなに他人の事を考えてるなんて、いつぶりかしら。ここに来て良くしてもらえたから、ほんの少しだけ心に余裕が出来たのかもしれない。


「本当は詳細も教えたいけど、これは僕以外には秘密にしているものなんだ。申し訳ないが、そこは理解してもらえると助かる」

「わかりました。お話したくない事を無理やり聞くほど、馬鹿ではないので」


 その後、私はアルバート様とのんびりとお茶を飲んで過ごした後、彼の部屋を後にした私は、すぐにお義母様のいる客間へと案内された。


「あの子、どんな様子だった?」

「元気でしたよ。ちょっと驚くくらい明るかったです」

「……そう……」


 お義母様は小さく呟きながら、初めて私の前で暗い表情を見せた。


 自分の息子が明るかったら、普通は親として喜ぶものじゃないだろうか? もしかして、親に愛されもしてないし、喜ばれてもいない私の勝手な思い込み?


「これから家族になるあなたには、ちゃんと話しておいた方がいいわね」

「何をでしょうか?」

「息子の事よ。実はね、あの子は昔はもっと暗くて、内気な子だったの」


 暗かった……? そうとは思えない。アルバート様からは、私のような陰キャな雰囲気は、一切感じられなかったもの。


「でも、ある日をきっかけに、あの子は人前でとても明るく振舞うようになったの。それこそ、少し怖いくらい」

「明るくなるのは、とても良い事ではないでしょうか?」

「そうなんだけど、親の私から見たら、無理をしているようにしか見えないの。それに……一人ぼっちでいる時の目が……凄く悲しそうで」


 やっぱりそこはお義母様も気づいていたのね。自分で経験があったとはいえ、初めて会った私ですらわかるのだから、肉親にわからないわけないか。


 ……いや、私の両親はどうだろう? 私が同じ目になっていても、何も気にしないような気がしてならない。


「……ふふっ、てっきり何があったのか聞いてくるかと思ってたけど、あなたは聞かないのね」

「気にならないと言えば嘘になります。ですが、私の想像以上に深刻そうな事なので、むやみやたらに聞くのはよろしくないかと思って」

「優しい子ね、あなたは」

「優しい? 私がですか?」


 そんな事を言われたのは、生まれて初めてだ。むやみに聞かない理由なんて、過去に嫌な出来事があったから、自然とそうするようになっただけなのに。


「先程も言ったように、これから家族になるあなたに、ちゃんと話しておきたいのよ」


 再びそう前置きをしてから、お義母様はふう……と小さく息を漏らすと、その口を開いた。


「実はね、あの子には五つ下の妹がいたの」

「妹……」

「二人は凄く仲良しで、いつも一緒に過ごしていたわ。それこそ、いつになったら兄離れ、妹離れが出来るのかと心配になるくらい。もうその時には魔法の天才と呼ばれていた兄のようになるんだと、いつも目を輝かせていたのを……昨日の事のように思い出せるわ」


 そんな仲が良い兄妹がいるなんて、少しだけ羨ましいわ。前世では一人っ子だったし、こっちでは妹がいるとはいえ、私と仲が良いとは口が裂けても言えない。


「でも……アルバートが十歳の誕生日に、妹が事故に遭って……その日から、あの子は部屋に籠りがちになって……魔法の研究ばかりして、性格も明るくなった」


 先程の言葉が過去形だったから、そんな気はしていた。だから、あまり驚きはしないけど、目の前でそんな辛い顔をされると、いくら私でも心が痛くなる。


「そうだったんですね……お辛い話をさせて申し訳ありません」

「いいのよ。それで、なんとか立ち直ってもらおうと思って色々してる中で、大切な人が出来たら変わるかと思って、婚約者を探したわ。その中で見つかったのが、あなたなの」

「…………」


 なるほど、どうして私なんかが結婚できたかな理由がわかった。子供を助けたいお義母様と、侯爵家との強い繋がりを持ちたかったお父様との利害が、ここで一致したという事ね。


「あの子を救ってくれなんて、重い事は言わない。でも、出来る限りあの子を支えてもらえないかしら……あ、このお願いを聞かなくても、家族として一緒に暮らすから、心配しなくてもいいわ」


 想像以上に重たい事情で、深い愛情故の婚約だったのね。家の事しか考えていない、我が家とは全然違う。


 でも、私のような人間にそんな大役が務まるのだろうか? 私は誰の期待にも応えられてないし、辛い事から逃げだした……忌み子なのに。


「あの、ご存じかもしれないですけど……私、家では忌み子として扱われていたんです。その前も、長い間期待に応えられなくて、いらない子としても扱われていたんです。そんな私には、荷が重いかもしれません」

「あなたは、なにか恐れられる事をしたのかしら?」


 恐れられる事なんて、私は何もしていない。ただ家の為に努力をしていただけなのに、魔力のせいで嫌われてしまったのだから。


「いえ、なにも」

「なら問題無いわ。あなたが何と呼ばれようとも、どんな魔法が使えてもね」

「……そんな事を言ってもらえるなんて、思ってもみませんでした。ここでも雑な扱いをされると思っていたので」

「そんな事は誰も望んでない。私も、もちろんアルバートもね。あの子、今も昔も人一倍優しい所は変わってないの」


 穏やかに笑うお義母様を見ていると、不思議と胸の奥が暖かくなるのを感じていた。


 これは……喜びだ。こんな感情は、初めて魔法が使えるようになって、家の為に力になれると思った時以来だ。まさか、こんな所で喜べる事が起こるだなんて、思っても無かった。


 ……どうせ諦めた人生なのだから、最後くらいは良い事をして終わってもいいわよね。


 そう思った私は、お義母様に深く首を縦に振って見せた。

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