第五話 家族三人で
また夢を見た。それは、前世の私が初めての出社した日だった。
普通なら研修をしたりするのが当たり前のはずなんだけど、私は急にデータの処理をやらされたわ。
そんな状況で上手くできるわけもなく、私は取引先のデータを消してしまった。
その時の部長の怒りようったら凄いのなんの。しかもこれ、確かに私のミスだけど、上司が教えないのも原因。そう思った私は、上司の責任なんじゃないかと聞いた。
結果、私は上司から嫌われ、異常な量の仕事をさせられた。そして、周りの人間からは疎まれるようになり、孤独になった。
「……はぁ……嫌な夢だったわ……」
夢の事や過去の事を思い出して落ち込んでいた私は、使用人に身支度を手伝ってもらった後、食堂へと通された。
「えっと、これは……?」
目の前の豪華な朝食に、私は度肝を抜かれていた。
これは……はっきり言って、一人では食べきれない量だ。山盛りのパンにスープにサラダにフルーツに……他にも沢山の料理が並べられている。
実家にいる時は、いつも私のご飯は適当な物で済ませられていたから、こんな量を出されると、嬉しさよりも戸惑いの方が強い。
「ふぁぁ……おやおや、これは凄い量の食事じゃないか!」
「おはようアルバート。今日はちゃんとこっちで食べてくれるのね」
「おはようございます母上。妻となる女性と初めての食事なのだから、あんな汚い部屋よりもこっちで食べた方が良いと思いまして!」
……朝からアルバート様は元気な方だ。昨日の話が嘘なんじゃないかと思うくらいだ。
「ところで、さすがに多すぎはしないかしら? こんなに出せなんて指示はしてないわよ?」
「それは事前に僕がコックに指示を出したからです。彼女の好みが分からなかったから、手当たり次第に用意させたんですよ。フェリーチェ、なにか好きなものがあったら、遠慮なく食べてほしい!」
「えっと、ありがとうございます?」
なんていうか……前世の言葉を使うなら、ゴリ押しとしか言いようがないわね。私の事を考えてくれるのはありがたいけど、さすがにやりすぎな気がする。
「あら、やっぱり親子ね。私の方では、沢山の服や化粧品を用意させたわ。女性なんだから、綺麗に着飾らせてあげたいもの」
「はっはっはっ! さすが母上! しかし我々のせいで、使用人達に苦労をかけてしまった! 何か労ってあげませんと!」
「もちろん考えているわ。特別手当は出すし、今度の長期休暇で旅行をプレゼントするつもりよ」
「なんと、是非堪能していただきたいものですね!」
こうして見ていると、やっぱり親子なんだなと思うと同時に、仲が良いのが正直羨ましい。
……羨ましい? 私がそんな事を思うなんて……自分でも驚きだわ。この二日間で優しくしてもらえたおかげで、少しずつメンタルが回復してきてるのかも?
それにしても……旅行か……いいな……。
「フェリーチェ、もし欲しいものや、してほしい事があったらなんでも言うんだよ! 全てとは言えないが、できる限り叶えさせてもらうよ」
「ありがとうございます。考えておきます」
社交辞令なのか、本気で言っているのか判断に困りながら、用意された朝食を食べ始める。
それはとても美味しくて、ついつい食べすぎてしまうくらいの物だった。とは言っても、全部食べ切るのは、やはり無理だったけどね。
「流石に多かったかな。フェリーチェ、満足してくれたかな?」
「はい、とても。食べ過ぎでお腹が苦しくなるのなんて、本当に久しぶりです」
「それなら良かった! それで、何かやりたい事とかは思いついたかな?」
しまった、食べるのに必死でそんな事を考えてる余裕は無かったわ。
やりたい事、やりたい事……仕事とか勉強以外は、読書ばかりしていたから、これと言ってやりたい事は……旅行とか……そんな贅沢なお願いなんか出来ないし……そうだわ。
「アルバート様の部屋に伺っても良いでしょうか?」
「ああ、構わないよ! 母上、僕達はこれで失礼します」
「ええ、ごゆっくり」
「失礼します」
お義母様と別れた私とアルバート様は、一緒に彼の部屋の中に入る。中は相変わらず物で溢れていて、足の踏み場も無い。
「それで、したい事とは?」
「読書です」
アルバート様の部屋に来た時に、一番最初に気になったのが、山のようにある本だった。読書は私の唯一の趣味といっても過言ではないから、これだけの量の本があると、読んでみたいと思ってしまう。
「君も読書が好きなのかい?」
「はい、とても。本を読んでいると、時間を忘れてしまうんです。嫌な事も……忘れられるので」
「……なるほど。それならここにある本を好きなだけ読むと良い。もし欲しい本があれば、いくらでも取り寄せるよ」
「そんな、申し訳ないです」
「なにを遠慮している! むしろ僕としては、こんなもので良いのかと思っているくらいだというのに!」
普通の人からしたら、たしかに読書程度って思う人もいるかもしれない。でも、私からしたら、読書は唯一楽しめるもので、私の逃げ場所でもあるの。
「あの、アルバート様はどうしてそんなに良くしてくれるんですか? 私の事なんて無視して、研究に専念する事もできますよね?」
「確かに出来ない事は無い。でも、婚約者と仲良くするのは当然だろう?」
「ですが、私達はお互い愛し合った末の結婚というわけではありません」
「ふむ、なるほど。世間一般ではそういう認識なのかもしれない。だからといって、僕にそれが当てはまるわけではないな!」
想像以上にメンタル強いなこの人……相変わらず目は死んでいるけど、ここまで堂々としてるのは、尊敬に値する。
「それと、私は実家にいる時に、忌み子として扱われていたんです」
「ほう、それは興味深いが……それがどうしたのかな?」
「どうしたって……忌み嫌われていたんですよ? こんな良くしてもらう資格なんて無いんです」
「その前提条件は、まるで意味を成さないな! ちなみにだが、そんなに嫌われたのには、何か理由でも?」
忌み子の理由――闇魔法の事を話したら、変に怖がらせてしまうかもしれないわ。私に優しくしてくれたせめてもの恩返しというのは少し変かもしれないけど、この事は内緒にしておこう。
「ちょっと普通の人と違うものがあるだけです」
「なるほど? 人間というのは、普通と違うものを恐れるものだ。それ故に君も、僕も同じ扱いをされている。ははっ、仲間じゃないか!」
「は、はあ……」
「まあそういうわけだから、何も気にせずここで生活すると良い! この部屋にも気軽に来ていいからね! 部屋にいても気づかない事もあるかもしれないが!」
そう言いながら、アルバート様は楽しそうにケラケラと笑った。
なんていうか……ずっと長い間、心を許せる人がいなくて一人ぼっちで過ごしていたから、アルバート様やお義母様の言葉が、凄く嬉しくて……アルバート様に気づかれる前に、零れた涙を拭った。
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