第三話 大歓迎

 到着早々にとても歓迎された私は、思わずその場に固まって、ぽかんと口を開けてしまった。


 こんなに揃って歓迎されるなんて、まだ期待されていた時期に、実家に帰った時ですらなかったわ。


 いや、わかったわ。これは過剰な社交辞令ね。これで中に入ったら、全員が一気に私から離れるパターンって事だ。完全に理解した。


「ようこそマグヴェイ家へ。私がこの家の当主を務めるフローレンス・マグヴェイよ。今日からよろしくお願いしますね」

「フェリーチェと申します。よろしくお願いしますわ」


 使用人達の間から出てきた女性に、深々と頭を下げて見せる。


 ……とても綺麗な方だ。真っ白な髪と赤い目が特徴的で、何よりもとても穏やかな雰囲気を醸し出している。


「本当は息子も出迎えるべきだったんだけど、相変わらず部屋の中から出て来なくて。きっとまた研究に夢中で、外の声が聞こえてないと思うの。一応事前にあなたの事を伝えていたんだけど……」

「はあ……」


 外の声が聞こえないだなんて、どれだけ熱心に研究をしているのかしら。それか、私の事なんて聞く価値が無いと思っているとか……そっちの方が可能性があるわね。だって私は、闇の魔法が使える忌み子なのだから。


「さて、まずはあなたの部屋から案内しましょうか。どうぞこちらへ」

「え、フローレンス様が自らですか?」

「あらあら、フローレンス様だなんて。これから家族になるんだから、もっと気軽に呼んでくれていいのですよ? たとえばママとか」

「さ、さすがにそれは……では、お義母様で」

「もう、残念だわ」


 なんていうか、とても気さくな人のようだ。話し方も優しいからか、この人とは喧嘩が出来なさそう。するつもりもないんだけど。


「あなたの部屋はここよ」


 屋敷の中に通され、廊下を少し進んだ先にあった部屋に通された私は、ゆっくりと部屋の扉を開ける。


「これは……」


 その部屋は、こじんまりとしているけど、とてもピカピカに清掃されていていた。家具もベッドに机にソファにと、必要な物が全て揃っているし、全て新品だ。


 てっきりもっと質素な部屋とか、汚い部屋をわざと用意されていると思ってたんだけど……だって、家族になるような相手が、私の事を知らないはずもないでしょう?


「そんな驚いた顔をして、どうしたの? もしかして気に入らない?」

「いえ、そのような事は。ただ……こんな素敵な部屋を用意していただいて良いのですか?」

「当然でしょう? あなたは私達の家族になるのだから」


 家族だから、良い物を用意する……? その感覚が私にはイマイチ理解できない。家族なんて、血の繋がりがあったり、一緒に住むだけの他人としか思った事がないから。


「さて、次は息子の所に案内するわ」

「はい」


 息子……か。どんな人なんだろう。魔法の研究ばかりしている変わり者という情報しか無いから、正直イメージがつかない。


 うーん、ヨレヨレの白衣を着て、髪もボサボサで、瓶底眼鏡をかけてるとか? さすがにそれは飛躍しすぎかしら。


 ……別にどうでもいいか。結婚といっても、別に愛し合った結婚じゃないし。


「ここよ。優しい子だから、心配しなくていいからね」

「はい。案内していただき、ありがとうございます」


 自室を後にして向かった部屋の前でフローレンス様……ごほん、お義母様と別れた私は、目の前の扉を控えめにノックする――が、何も反応がない。


「留守なのかしら? でもいつも研究をしているって言ってたし……」


 それなら、もっと大きな音でノックをしてみよう。それでも駄目なら、大声を出す。別に怒られて、嫌われても構わない。伊達に二度の人生で一度も愛されて育ってないもの。


「……これでも駄目か。入りますよ? 嫌でしたら今のうちに止めてくださいね」


 ……反応無し、ね。


「失礼します」


 ゆっくりと部屋の中に入ると、部屋の中には沢山の書類と本が散乱していた。中央に置かれた大きな机には、怪しげな薬が入ったガラス瓶もある。


 なんていうか、いかにも研究室って雰囲気の部屋ね。さて、部屋の主はどこにいるのかしら。


「――――」

「……? どこからか声が聞こえる……もしかして、あの本の山の中から?」


 どこからかブツブツと話す声が聞こえてきた本の山の中を覗くと、そこには一人の男性が丸くなっていた。


 えっと、なんでこんな所で丸くなっているのかしら……?


「今日もうまくいかなかった……いつになったら完成するんだ……」

「……あのー……?」

「おや……? まさか僕の元に客人だなんて、随分と物好きがいたものだ!」

「は、はあ……」

「僕はアルバート・マグヴェイ。見ての通り、魔法の研究ばかりしている暇人さ! よろしく頼むよ!」


 私の旦那様になる彼は、底抜けに明るく笑いながら立ち上がると、私の手を強く握った。なんていうか、明るすぎて……不気味なくらいだ。


「いやあ、客人だなんて何年振りか覚えていないくらい久しぶりだ! こんな汚い部屋で申し訳ないが、ゆっくりしていくといい! そうだ、魔法について討論でもしないか?」

「とりあえず落ち着いてください。私は客人ではありません」

「客人ではない?」

「私はフェリーチェと申します」

「フェリーチェ……ふむ、フェリーチェ……そうか、君が母上が話していた女性か!」


 よかった、さっき聞いた通り、私の事は知っていたみたいだ。これで一々説明をする手間が省けたわ。


「僕は君の事を歓迎する! 研究で忙しくて部屋からは基本的に出ないが、もし何かしてほしい事があれば、遠慮なく言ってくれ!」

「あ、ありがとうございます」

「そうだ、まずは一緒に茶でも楽しもうか。部屋の中は汚いから、バルコニーに出よう」


 私が口を挟む前にバルコニーに連れていかれた私の前に、すぐに良い香りを漂わせるお茶が用意された。


 なんていうか、色んな人に歓迎されていて、驚きと動揺を隠せないんだけど……。


「どうだい、良い香りだろう? 味もすこぶる良いものさ。僕もたまに休憩をする時に飲んでいるんだ」

「…………」

「僕の事をジッと見て、どうかしたのかい?」


 アルバート様の前に座り、正面からジッと見て……とある事に気が付いた。


 彼はとても社交的で、私に優しくしてくれているように見える。けど……その目には、あまりにも生気がない。


 そうか……全てに絶望をし、死ぬ事を決めた、前世の私の目にそっくりなんだ。

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