そのとき僕は大人になる

一陽吉

アイスコーヒータイム

「あいつをやっつけるぞ」


「おー」


 自宅の居間にあるテレビの前で、小三の渓太けいたと五才の凛花りんかがゲームをしていた。


 その後ろにあるソファーに座りながら、兄妹のプレイを見ている小一の平介へいすけはステージクリアまでの順番待ち。


 夏休み真っただ中の午後、父は仕事に出て、母は二階で掃除をしている。


 午前中のうちに今日の分の宿題を終えているので、いまは正々堂々、画面の中で地球の平和を守っていた。


「凛花、うしろに回れ!」


「おー」


 麦茶入りのコップを横に、扇風機の風にあたりながら熱く戦う二人の背中を見つめ、平介はアイスコーヒーの入ったグラスを手に取った。


 ──カラン。



 氷がグラスにぶつかる音とともに平介を中心とする世界は劇画風に脳内変換。


 全てが力強い線で描かれ、ぽっちゃりおっとり顔の平介もキリッと補正された。


 人生においてお酒の前段階で飲む大人の味、コーヒー。


 それをロックにして口に含む。


 大人がいない今が、理想の大人になれる時間である。


『うまい……、今日も格別だな』


 余韻よいんにひたる平介。


 いま、彼の中では半袖短パンではなく、上着を脱いだスーツ姿。


 仕事を終え、高級なバーで一人を楽しんでいる。


 映画で聞いたお洒落なBGMがその耳にだけ流れ、心を落ち着かせる。


『明日は一億の取引か、問題ないな……』


 大人になったら言ってみたい台詞せりふ呟くようにして、再びグラスを口へ運ぼうとした──。


「あ、麦茶ねえじゃん。ワリィ、平介。持ってきてくれ」


「わたしもー」


「ゔっ」


 勢いよく兄妹に振り向かれ、吹き出しそうになる平介。


「わ、わかったよ」


 グラスをテーブルに置き、立ち上がる。


 台所へ向かい、冷蔵庫から麦茶入りのペットボトルを取り出すと、そのまま持ってきた。


「はい」


「おお、サンキュー」


「サンキュー」


 そう言って渓太が受け取ると、凛花と自分のコップにそそいだ。


「俺がボスを引きつけるから、凛花が攻撃な」


「おー」


 作戦の伝達と並行して麦茶を飲み干すと、二人は再び戦場へと向かった。


 ふう、と息をつき、腰を下ろして平介がソファーを独占した状態に戻ると、あらためてグラスを手に取った。


 ──カラン。


『やれやれ。まあ、人生にハプニングはつきもの。クールに処理するだけだ』


 味わいなおす劇画風の平介。


 バーとBGMが再開し、できる男らしく足を組んだ。


『世界をまたにかけ、あらゆる取り引きをまとめる僕』


 アメリカやヨーロッパなどでビジネスを成功させているイメージを膨らませながら、こめかみに左手をあて、ポーズをとる。


『僕がいる限り、この世界は安泰さ──』


「おい平介、見ろよ。お前が使えるやつでレベル99のやつをゲットしてるぜ!」


「ええ!」


 兄の声に、平介は慌てて足をなおし、グラスを置いて画面を見た。


 ステージクリア後の獲得アイテム一覧が表示されていたが、その中に平介が使用するキャラクターのものもあった。


「えーと、敵の衛星をハッキングして攻撃するレーザー兵器!?」


「すっげえな!」


「すっげ」


「……」


「平介、次お前の番だろ。早速、使ってみろよ」


「う、うん!」


 渓太からコントローラーを受け取り、入れ替わる平介。


「い、いったいどんなかんじなのかな」


「たのしみー」


 凛花の横で、平介は一人、興奮した様子だった。


 ……カラン。


 テーブルに残されたアイスコーヒーの氷が静かに音をたてた。


 それはまるで、やれやれと言っているようだった。

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そのとき僕は大人になる 一陽吉 @ninomae_youkich

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