柚希さんから聞いた事実

「ん?」


 登校中に皐月と美月の母親である大谷おおたに 柚希ゆずきさんが俺に声を掛けてきた。

 その時に、柚希さんの後ろの人影が見えた。


「もしかして皐月?」


「う、うん……」


 観念したのか、柚希さんの後ろから俺や雪菜の前に出てきた。

 ただ、まだ彼女の表情は辛そうなままだ。


「美月はどうしたんだ?」


「美月は後から登校。 私がお母さんとここまで一緒に……」


 事情は分かる。

 今の皐月は、何処で迫害じみた発言が飛び交っているかは分からない。

 この付近は、まだ皐月にも優しく接してくれているからマシだが、学校付近になると殖栗えくりに同調する歪んだ優生思想の世間様がはこびるようになるからな。

 幸いにクラスメイトは皐月にも優しく、殖栗えくりには明確に嫌っている。

 幸村が少しでも早く動いてくれるといいが……。


「昨日、あの殖栗えくりという教師の暴力から皐月ちゃんを庇ってくれたみたいで……、ありがとうございます」


「いえ、俺もあの糞教師は許せなかったんで。 俺だけではなく、クラスメイトもあの糞教師を明確に嫌っているので」


「私も皐月お姉ちゃんの話を兄から聞きましたけど、酷いですよね」


 柚希さんは、昨日の皐月を殖栗えくりの暴力から庇った件でお礼を言いに来たようだ。

 雪菜にも夜の寝る前に話をした。

 当時の雪菜も、有り得ないという様子で不快感を示した。

 柚希さんは、さらに話を進める。

 そこで信じられない内容を聞いてしまった。


「クラスメイトの子が、良心的なのには助かってるのです。 あの学校の周辺の世間は、皐月ちゃんは美月ちゃんのクローンであるべきだと口にしたりしてるのです」


「え!?」


「マジですか……」


「本当の話だよ。 あの殖栗えくりという教師、SNSアカウントでもそう主張してる」


 柚希さんからの衝撃的な発言内容に俺と雪菜は、空いた口が塞がらなかった。

 そこに皐月がスマホで奴のSNSアカウントを見せた。


「うわぁ……」


「最低……」


 そこには殖栗えくりのSNSアカウントでの書き込みが完全に優生思想のそれである。

 特に双子の場合は、片方しか優秀でない場合は、優秀な方のクローンにならなければならないと主張する書き込みがあった。

 当然ながらこれらは炎上しており、殖栗えくり達の主張に真っ向批判の書き込みが多いのに、奴らは撤回しない。


「酷い話ですね。 双子であろうともそれぞれ一人の人間なんだし、それぞれが得手不得手があるっていうのに」


「書き込みにもそう言うのが多数あるよ。 でも、殖栗えくりはその都度『否! 双子は優秀な能力に合わせなければならない! 個性などあってはならんのだ! 無能な方は優秀な方のクローンでなければならん!』って書き込みしてる」


「元々、優生思想は身体的や精神的に秀でた能力を有する者の遺伝子を保護し、逆にこれらの能力に劣っている者の遺伝子を排除して、優秀な人類を後世に遺そうという思想なのです。 ここ数年前から徐々に勢力が拡大し、政治家でさえそういう思想に染まっているのです」


 本当に酷い話だ。

 優秀な奴のみが優遇され、無能な奴らは消されるか、見下される。

 俺の毒家族も優生思想に染まっていたのか?

 ならばあの迫害も有り得る話だし……。


「美月ちゃんが余りに優秀過ぎたから、皐月ちゃんの長所が霞んでしまい、学校周りの世間によって皐月ちゃんの個性が殺されてしまったのです。 美月ちゃんと時間差の登校をしてるのも、皐月ちゃんは優秀過ぎた美月ちゃんを恨んでるから……」


 悲しそうな表情で柚希さんは語る。

 皐月にも長所はあるが、美月の優秀さで霞んでしまい、殖栗えくり達の優生思想を掲げる世間に彼女の個性は殺された。

 だから、今の皐月は学校に行くことさえ怖いだろうな。


「だから、伊波君。 皐月ちゃんを宜しくお願いいたします」


「もちろんです。 あと、クラスメイトにも伝えておきます。 ちょくちょく俺の友人からそっちに報告もするように伝えますよ」


「はいです。 お願いします」


「皐月、行こうか」


「うん」


 俺は皐月の肩を優しく叩き、一緒に登校する事にした。

 今まで黙って聞いていた雪菜は、途中の道で別れたので、今は皐月と二人だ。

 俺は周囲に睨みを利かせて、皐月の側を離れないようにして登校したのだった。

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