第百十二話 吃驚現象



 妖怪研究同好会一同+翠は、目撃情報が寄せられた森林公園にやってきた。


「あれ? あそこにいるのって……」


 瑞樹の声に、皆の視線が一点に集中する。


「お、きたきた。妖怪研究同好会の皆、数日振り~」


 時計塔の前でひらひらと手を振っているのは、つい先日、初対面を果たしたばかりの首藤綾杜だった。


「首藤先輩が、どうして此処に?」

「どうしてって……君たちに情報を提供したの、オレだからね」

「えっ! そ、そうなんですか……!?」


 朔夜が尋ねれば、綾杜はあっけらかんとした様子で答える。

 どうやら情報提供者が綾杜であることは、蛍も知らなかったようだ。


「あはは、驚かせちゃってごめんね?」


 綾杜は悪びれた様子もなく笑っているが、この場にいる二名はすでに綾杜に背を向けて、公園を後にしようとしている。


「さっさと帰りましょ」

「こいつが送ってきた情報なんて、どうせガセネタだろ」


 葵に続いて、真白が冷めた声でそう言えば、綾杜はニンマリと笑う。


「ふーん。別に嘘だと思って帰るなら、オレはそれでもいいと思うけどね?」


 含みを持った言い方だ。足を止めた葵と真白は振り返ると、綾杜を睨みつけるようなまなざしで見遣る。


「……ちょっと、アンタ」


 そこで、黙り込んでいた翠が、綾杜に声を掛けた。


「何かな。あれ、この前は見なかった顔だね」

「ウチ、転校してきたばかりやから」

「へぇ、それは奇遇だね。オレもつい最近、転校してきたばかりなんだよ」

「……アンタ、ウチとどこかで会ったこと、ない?」


 翠は訝しげな顔をして尋ねる。疑問符を付けながらも、どこか確信をはらんだ物言いだ。


「え、もしかしてナンパってやつかな? こんな可愛らしい子に声を掛けられるなんて、悪い気はしないんだけど……ごめんね。今はオレ、彼女とか作る気はないからさ」

「あ、そうなんや。こちらこそ申し訳……って、何でウチが振られたみたいになってるんや! って、違う! そうやなくて……! ゴホンッ。アンタ、本当にウチとどこかで会ったこと、ないの?」


 綾杜の返しに一人ノリ突っ込みを披露した翠は、ハッとした様子で小さく咳払いをすると、気を取り直して再度、同じことを尋ねた。


「うーん……オレは覚えてないかな。ごめんね?」

「……そう。ま、ウチの勘違いかもしれんから」


 納得のいっていない顔をしながらも、それ以上の言及は諦めたようだ。

 翠が渋々身を引けば、綾杜は朔夜たちに視線を移した。


「それじゃあ、オレはそろそろ帰ろうかな」

「もう帰っちゃうんですか?」

「うん。妖怪研究同好会の君たちに、目撃情報のことを伝えたかっただけだしね」


 綾杜はニコリと笑っている。

 そこから感じ取れるのは、友好的な雰囲気だ。――表面上は、の話だが。


「それじゃあ、またね」


 笑顔の裏に隠れた不穏な色に、時雨と真白は気づいていた。笑みを浮かべてはいるが、その目が全く笑っていないことに。冷ややかな色をしていることに。


「アイツ……何者なんだよ。似非神野郎、何か知らねぇのか」

「ボクは見覚えはないかな。嫌な妖気なんかも感じないしね」


 去っていく背中を見つめながら、従者二人は耳打ちし合う。

 予期せぬ人物の登場で疑惑や戸惑いが広がる中、そんな空気をぶち壊すような、陽気な声が響いた。


「朔夜様~!」

「……狸吉くん? 久しぶりだね!」


 まぁるいフォルムに、茶色の耳と大きな尻尾。つぶらな瞳を輝かせて駆け寄ってきたのは、露神様に仕えている妖怪である、狸吉だった。

 ぽてぽてと足音が聞こえてきそうな足取りでやってくると、朔夜の目の前でぴょんぴょんと跳びはねる。


「朔夜様が近くにいらっしゃると聞きつけ、ご挨拶に参りました! 私めと朔夜様の仲なのですから、よければ狸吉、とお呼びください!」


 露神様が祀られている祠のある森は、此処から割と近いところにある。

 どうやって朔夜たちがこの森林公園にいることを聞きつけたのかは分からないが、わざわざ挨拶をしにきてくれたらしい。


「うん、分かったよ。狸吉は相変わらず元気そうだね。露神様も元気にしてるの?」

「はい! 露神様も息災に過ごしております」


 狸吉とこうして顔を合わせるのは、露神様と親交のあった神を喰らった妖怪を倒した時振りになる。

 結局あの時の、妖怪や神が狂暴化する原因については、分からずじまいだった。何か分かったことはないか聞こうと思ったが、今は蛍たちもいるのだったと、朔夜は慌てて口を噤んだ。


「さ、朔夜くんは、妖怪の知り合いがいっぱいいるんだね。凄いなぁ……!」

「この妖怪は、狸かい? ずいぶんと愛らしい見目をしているんだね」


 朔夜本人が妖怪の血を継いでいて、妖怪との繋がりもあることを知っている蛍と瑞樹は、新手の妖怪の登場にもすっかり慣れた様子だ。狸吉をまじまじ見て感心している。

 けれど、その事実を知らない翠は、驚愕に満ちた目で朔夜を見つめる。


「っ、やっぱりアンタ……妖怪の仲間やったんやな。それで葵のことも、騙そうとしてたんやろ!」

「え? 騙すだなんて、僕はそんなこと…「妖怪、覚悟しぃや!」


 朔夜はそんなつもりはないと否定するが、聞く耳を持たない翠は、懐からお札のようなものを取り出す。普段葵が使っているものと、似た類のものだろう。二本指で挟んで頭上に掲げると、その手を朔夜に向けて振り下ろす。


「っ、馬鹿! お前、それは……!」


 葵の焦った声が聞こえる。それと同時に、朔夜の身体が真っ白な煙で包まれた。


「っ、朔夜!?」

「あららー。大変なことになっちゃったね」


 少し離れたところで綾杜のことを話していた真白と時雨が、駆け寄ってくる。


「あれ? 朔夜くん?」

「朔夜くんが、消えた……!?」


 煙が晴れた先。しかしそこに、朔夜の姿は見当たらない。蛍たちは焦った様子で辺りを見渡すが、一人落ち着いた様子の時雨が、指先を下に向ける。


「皆、下見て」

「下?」


 一同の視線が、地面に向けられる。


「……。……さ、朔夜くんが……」

「「小さくなってる……?」」

「……は?」


 蛍と瑞樹、そして真白の呆然とした声が、ポツリと落とされた。

 ――朔夜の身体は、手のひらサイズの大きさまで、縮んでしまっていた。


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