第百九話 嵐のような少女



「葵、幼馴染がいたんだね」


 時雨と翠が話している姿を微笑ましげに見つめながら、朔夜は葵に話しかける。


「まぁ、幼馴染っつーよりは……腐れ縁だな。家同士の関係で、時々遊んでただけだ」

「へぇ、そうなんだね。葵の子どもの頃かぁ……うーん、想像がつかないな。どんな感じだったの?」

「……言わねぇ」

「えー、何でさ。教えてよ」


 葵の子ども時代に興味津々の朔夜に対し、葵は泣き虫だった頃の自分を思い出してしまい、それを朔夜に知られるのは気恥ずかしいと、ムッとした顔になる。

 けれど、仏頂面をしながらも、葵が朔夜とのこんな何気ないやりとりを楽しんでいることは事実だった。


 葵の雰囲気が、いつもよりずっと柔らかいことに気づいた翠は、何かを考えこむように黙り込んだかと思えば、朔夜のもとに歩み寄る。


「っていうか、アンタ……さっきから気になっとったんやけど、葵の友だちなん?」

「うん、そうだよ。改めて、僕は魁朔夜っていいます。せっかく席もお隣さんになったんだし、色々と話せたら嬉しいな」


 ニコリと人の良い笑みを浮かべて片手を差し出した朔夜に対し、翠はジロジロと不躾な視線をぶつける。


「ふーん……何や地味やし頼りなさそうな男やけど、まぁ、仲良くしてやらんことも…って、いったぁ! 何すんの!」


 翠の後頭部に向けて、机に置いてあった歴史の教科書を思いきりフルスイングしたのは、真白だった。


「あの、それ、ボクの教科書なんだけど…「あ?」何でもないですごめんなさい……‼」


 自身の教科書を強奪された蛍は、恐々と小さな声を上げたが、気が立っている真白の一睨みに身体を震わせると、ほぼ反射的に深々と頭を下げた。


「真白、駄目だよ! 蛍くんの教科書なんだから」

「チッ」


 真白の手から取り返した教科書は、角の方が微妙によれてしまっている。

 朔夜は角を指先で直しながら注意するが、真白はそっぽを向いてしまった。完全に拗ねているようだ。


「……って、教科書の心配より、今はウチの心配をする場面やないの!?」


 そこに鋭い突っ込みを入れたのは、翠だ。思いきり叩かれた自身の後頭部を抑えながら、真白と朔夜を睨みつける。


「あ、西條寺さん、大丈夫?」

「全く、心配するんが遅いわ! というか、アンタって……ほんまに人間、なんよな?」

「え?」

「出会った時から思っとったけど、アンタからは、妖怪の匂いがプンプンする」


 翠は訝しげな顔になると、朔夜の足元から頭のてっぺんまでを、再びジロジロと不躾に見遣る。


「コイツは、そういった類のもんに憑かれやすい体質なんだよ」


 朔夜の前に立った葵がそう言えば、翠は渋々ながら納得したようだ。


「ふーん、まぁええわ。それより、今日はウチの買い物に付き合ってもらうからな」

「あ? 買い物って……何で付いて行かなくちゃならないんだよ」

「何でって、決まってるやろ。ウチはこっちに来たばかりで土地勘もないんやから、アンタらが道案内するんは当然やないの」


 翠は持っていたスクールバッグを時雨に手渡すと、絶対に逃がさないと言わんばかりに、葵の腕をがっしり掴む。かと思えば、その腕を引いて、準備室の外へ歩いて行ってしまった。当然ながら、腕を掴まれている葵も連れられて行ってしまう。


「はぁ、全く……朔夜くんたち、悪いんだけど、ボクと葵は今日は先に帰るね」


 翠に引っ張られて行ってしまった葵の後を追いかけて、時雨も先に帰ってしまった。


「何ていうか……嵐のような子だったね」


 瑞樹の漏らした声に、朔夜と蛍はコクリと頷く。


「……月見。教科書、悪かったな」

「え? ……う、ううん! 全然大丈夫、だよ!」


 静かになった空間で、口を開いたのは真白だった。

 まさか真白から謝られるとは思ってもいなかったので、蛍は呆けた顔をしてしまったが、直ぐに首を横に振って気にしていないことを伝える。


「俺の教科書と換えるか?」

「え、い、いいよ! だって真白くんも、色々書き込みとかしてるんじゃ……って、え? 真白くんの教科書、新品みたいに綺麗だね」

「まぁ……そんなに勉強とか、してねーからな」

「べ、勉強は、ちゃんとした方がいいと、思うけど……」


 他者への興味関心が薄い(朔夜は除く)真白と、引っ込み思案な蛍。

 性格も正反対にも思える二人がこんな風に会話している姿、半年前では考えられなかった光景だ。


 目を合わせた朔夜と瑞樹は、クスリと微笑み合った。


 そして残された四人で、予定通り近場のファミレスに寄って、お昼を済ませたのだった。


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