第百八話 厄介な幼馴染



 夏休みも明けて、とうに九月半ばに差し掛かっているとはいえ、まだまだ暑い日が続いている。

 暑さに弱い真白は、机上に上半身を預けて脱力していた。不快そうに顔を顰めて、窓の外、照り付ける陽光を睨みつけている。


「真白くんってば、そんな怖い顔してたら、眉間に跡が残っちゃうんじゃない?」

「……うっせぇよ」


 時雨の揶揄い雑じりの声に、真白は覇気のない声で応えた。


 放課後、妖怪研究同好会の部室にて。

 今日は校舎点検があるため、授業はお昼で終わりだった。朔夜たちのクラスよりも先に授業が終わった二人は、先に部室にきて、他の面々がやってくるのを待っていたのだ。


「葵たち、来たみたいだね」


 扉の向こう側から、微かな話し声が聞こえてきた。これは朔夜の声だ。それに気づいた真白は身体を起こして、扉の方をジッと見つめる。

 しかし……話し声の中に、聞き慣れない女子生徒の声が混じっていることに気づいて、眉根を寄せた。


「此処が、妖怪研究同好会が使わせてもらっている部屋だよ」


 扉が開いた。現れたのは、朔夜と葵、瑞樹に蛍。そして……。


「へぇ、狭い部屋やなぁ」


 耳馴染みのない京都弁を話す女子生徒に、真白は訝しげな顔をする。


「……おい。誰だよ、そいつ」

「え、翠?」


 真白と時雨の声が重なった。二人は顔を見合わせる。


「あ? 似非神野郎の知り合いか?」

「いや、知り合いっていうか……」


 時雨は真白を見てから、葵へと視線を移す。


「……幼馴染みたいなものよ」


 答えたのは、葵だった。


「みたい、やなくて、正真正銘の幼馴染やろ?」


 翠はウフフと笑って可愛らしく小首を傾げているが、それを向けられた葵は、何だか疲れているような……辟易とした顔をしている。


「それにしても……妖怪研究同好会なんて可笑しな同好会、よく入る気になったなぁ。アンタ、そういうのは嫌いやなかった?」

「そういうのって?」


 朔夜がオウム返しすれば、翠は口許に笑みを湛えながらも、目をスッと細めて、冷めたまなざしを向ける。


「一般人が、お遊びの興味本位で妖怪について嗅ぎまわったりすることや。アンタらもそうなんやろ?」

「お、お遊びだなんて、そんなこと……ぼ、僕たちは、真剣に、妖怪について知りたいと思って……ヒィッ!」


 蛍が聞き捨てならないと声を上げるが、翠に鋭い眼光を向けられると、びくつきながら慌てて瑞樹の背中に隠れた。


「蛍くんの言う通りさ。僕たちは、お遊びで同好会に入っているわけではないよ」

「……ふーん、そうなんやね。勘違いして決めつけるようなこと言うてしもうて、堪忍な?」


 蛍に代わって、瑞樹が毅然とした態度で話せば、翠はニコリと笑って、謝罪の言葉を口にした。しかしその瞳の奥は、依然として冷たい色を宿している。


「で、どうして翠がウチの学校にいるわけ?」


 時雨が尋ねる。

 含みを持った笑みを広げた翠は、スカートの裾をひらりと揺らしながら、部室である第二社会科準備室を歩く。そして、窓際の前で、クルリと振り返った。


「ウチは、アンタたちの手伝いをするために、わざわざ京都から転校してきたんや! 感謝しぃや!」


 ふふん、と自信に満ちた声が、教室内に響いた。

 ――が、それは華麗にスルーされる。


「今日は、皆でお昼を食べに行く予定でしょう? 早く行きましょうか」


 葵は蛍や瑞樹に声を掛けると、扉の前に立ったまま困惑している二人の背を押して、共に廊下に出ようとする。


「……って、ちょっと待ちぃ! 何聞こえなかった振りしてんのや!」


 翠は待ったを掛けると、慌てて葵のもとまで駆け寄り、腕を掴んで引っ張った。

 けれど葵は動じることなく、ニコニコ笑っているだけだ。


「もしかして西條寺さんって……葵と同じ、陰陽師の家系だったりするの?」


 “手伝う”というワードを聞いた朔夜は、翠も妖怪を滅するために転校してきたのではないかと考えた。


「そうや。西條寺家は、東雲家にはまぁ劣るけど、歴とした陰陽師の家系なんやから」


 詳しい話を聞いてみれば、東雲家の遠縁に当たるのだという西條寺家は、東雲家には劣るものの、由緒正しき陰陽師の血筋を引く者を輩出する分家として、その界隈では名を馳せているらしい。


「せやからウチは、東雲家の当主様にも頼まれて、葵がヘマしとらんか、様子を見にきたんや!」


 翠の話を聞いた葵は、微笑を湛えたまま「チッ。あのクソジジイ、余計なことしてんじゃねぇよ」と、小さな声でぼやいた。その可憐な表情から紡がれた言葉だとは俄かには信じ難いが、これが事実である。


「あれ、そういえば西條寺さんって……そんな話し方だったっけ?」

「あぁ、葵と一緒で、翠は猫を被るのが上手いんだよ」


 朔夜の漏らした疑問に答えたのは、時雨だ。

 教室内でのしおらしい態度はどこへやら、今の翠はさばさばとした口調で、纏う雰囲気も、どこか違って見える。


「はぁ? ウチは世渡り上手なだけや!」

「はいはい、そうだねー」


 時雨の声を目敏く聞きつけたようだ。翠は不満そうな顔をしながら反論する。

 けれど、笑顔の時雨は、それを慣れた様子であしらった。

 

 ――どうやら、この三人が幼馴染であるというのは、事実らしい。


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