第百七話 転校生、再来
「瑞樹くん、蛍くん。おはよう」
「おはよう、朔夜くん」
「お、おはよう!」
クラスの違う真白と別れた朔夜は、自身の在籍する一年三組の教室に入る。すでに登校していた瑞樹と蛍に挨拶をするが、いつもそこにいるはずの、もう一人の姿が見えない。
「あれ? 葵はまだ来てないんだね」
「あ、あおい、ちゃんは……さ、さっきまで教室にいたんだけど、先生に呼ばれて行っちゃったんだ」
蛍は未だに、葵を名前で呼ぶことに慣れないようだ。目の下を薄っすら赤くして、照れ臭そうにしながら教えてくれる。
「そっか。どうしたんだろうね?」
「葵くんは普段から真面目だし、何か問題を起こして呼び出されたってわけではないだろうけど」
「うん、そうだよね。何か係とかの仕事かな?」
そんなことを話していれば、渦中の人物である葵が、始業三分前になってやっと戻ってきた。その顔は、何だか疲れ切っているように見える。
「葵、何かあったの?」
朔夜が尋ねれば、葵は決まりの悪そうな顔をして、そっと目を逸らす。
「……あぁ。実は……」
けれどその先が紡がれる前に、担任の先生が教室にやってきてしまった。
「……まぁ、理由は直ぐに分かる」
意味深な言葉だけを残して、葵は自席へと戻っていった。
朔夜も席について前を向けば、担任教師の後に続いて、一人の女子生徒が入ってくる。見慣れない顔だ。
「お前ら、今日は転校生を紹介するぞ」
担任のその一言で、教室内が一気にざわつき始める。
「え、転校生?」
「またウチのクラスかよ?」
「確か、つい最近、二年生のクラスにも転校生がきたらしいよ?」
「最近多いよなぁ」
「ってか、あの子……めっちゃ可愛くね!?」
クラスメイトは各々、近くの席の者同士でヒソヒソお喋りをしている。
「はっはっ、急に決まったことだったから、お前らも知らなかっただろう。西條寺、自己紹介してくれるか?」
肩上で切り揃えられた焦げ茶色の髪を揺らした少女は、綺麗なお辞儀を一つしてから、顔を上げてニコリと微笑む。
「
鈴を鳴らしたような可愛らしい声は、柔らかな京言葉を紡ぐ。
「先に転校してきた東雲の親戚らしくてな、ウチのクラスに入ることになったんだ。東雲、色々教えてやってくれよ」
担任の言葉で、クラスメイトの視線が一斉に後方へと向けられる。
「……はい、分かりました」
葵はニコリと、控えめに微笑んだ。その優麗な笑みを見て、何人かの男子は顔を赤らめている。
「おれ、このクラスで良かった……!」
「やっぱ美人なのは、血筋なんかな?」
クラスメイトたちは葵と翠を交互に見て、またヒソヒソと話し始める。
朔夜は、チラリと葵の方を見た。葵は依然として笑みを湛えてはいるが、その表情はどこか硬く見える。――どうやら、同い年の親戚との再会を、純粋に喜んでいるわけではないらしい。
「席は、そうだな……魁!」
「あ、はい!」
「ちょうど隣が空いてるから、西條寺はあそこに座ってくれ。魁、色々教えてやってくれよ」
「はい、分かりました」
朔夜の隣の席に腰掛けた翠は、「魁くん、やね。よろしゅう」と、気さくな様子で挨拶をしてくる。
「うん、よろしくね!」
「……なぁ、魁くん」
「ん? どうかした?」
「魁くんって……何か、視えやすい体質だったりするん?」
唐突に尋ねられた言葉の意味が分からず、朔夜は首を傾げた。
「見えやすい体質って、どういう意味?」
「……ううん、何でもないわ。気にせんといて」
翠は数秒、真顔で朔夜の顔を見つめていたが、ニコリと笑って教卓の方を向いた。これ以上話す気はないようだ。
朔夜は不思議に思いながらも、授業が始まってしまったので、そこで考えることをやめて、視線を正面に移したのだった。
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