第三部 儀式/追憶
第百五話 シロ太の飼い主
「ねぇ君たち、ちょっといいかな?」
放課後の活動を終えた妖怪研究同好会の面々が、帰路に就いていた最中。気さくな様子で話しかけてきたのは、軽薄そうな雰囲気を纏った、一人の青年だった。
「オレは二年二組の
長く艶やか濃紺色の髪を後ろでハーフアップにしていて、左目下には泣き黒子が一つ。端正な顔立ちをした男は、朔夜たちと同じ学ランに身を包んでいて、首元にはお洒落なストールのようなものを巻いている。
ということは、確かに朔夜たちと同じ高校に在籍している生徒なのだろう。
綾杜の視線は、朔夜たちの足元にいるシロ太に一直線に向いている。
余談だが、シロ太が何故此処に居るのかと言えば、朔夜たちが帰宅する時間を察して、こうして学校まで迎えにきてくれることがあるからだ。
「えーっと、貴方がシロ太の飼い主さん、なんですか?」
「うん、そうなんだ。君みたいな優しそうな子に拾われていて良かったよ」
皆が戸惑いや警戒を顕わにする中、朔夜は確認するように尋ねた。爽やかな笑みを湛えて返されたその言葉に、安堵の笑みを浮かべる。
「シロ太、このお兄さんが君の飼い主さんなんだね……って、シロ太?」
朔夜は地面へと視線を下げる。ブンブンと尻尾を振り、再会を喜ぶシロ太の姿を想像していたのだが――けれどシロ太は、警戒するように「ウゥ……」と低い唸り声を上げている。
「あの……本当にシロ太の飼い主さんなんですか?」
「本当だよ! タマも久しぶりの再会に戸惑ってるんじゃないかな?」
「えっ、この人、さっきはシロ太のことをポチと言っていなかったかい?」
瑞樹の指摘に、綾杜は“しまった”と言わんばかりに焦った顔をする。
「えーっとね、実はポチは、オレが飼っていたわけじゃなくて、オレの曾祖母が飼っていた犬で……だから、ちょーっと名前を間違えちゃって…「「嘘だろ(でしょ)」」
真白と葵の声が、綺麗にハモッた。猜疑心がたっぷり込められたまなざしを向けられて、綾杜は「うっ……」とたじろぐ。
「……はぁ、仕方ない、か。分かった、認めるよ。実はオレ……君たちに嘘を吐いていたんだ」
「だろうな」
真白が冷たい声で一蹴するが、朔夜と蛍は「え、そうだったんですか?」と言いたげな顔をして驚いている。
純粋な二人の反応に、瑞樹は苦笑いを浮かべているが、葵と真白は、二人が良心につけ込まれて、いつか高い壺でも買わされるのではないかと心配になった。
「で、でも、どうしてそんな嘘を……?」
蛍が尋ねれば、俯いていた綾杜は顔を上げる。
「オレも、君たちの仲間に入れてほしいんだ」
「……え?」
「君たちは、妖怪同好会なんだろう? オレも、その仲間に入れてもらえないかな?」
「「却下」」
間髪入れず、真白と葵の声が、また綺麗に重なった。
見事なシンクロ率に、時雨はクスクスと可笑しそうに笑っている。
「えっと……首藤先輩は、どうして妖怪研究同好会に入りたいと思ったんですか?」
純粋に疑問に思った朔夜は、そう尋ねた。
「おい朔夜、止めとけ。聞くだけ無駄だろ」
「そうよ。どうせ面白半分に言ってきただけよ」
「あはは。二人共、さっきから息ピッタリだね」
「「時雨(似非神野郎)は黙ってて(黙ってろ)」」
「ほらね、息ピッタリ」
アハハと笑い続けている時雨に、葵と真白はムッとした顔をする。それをニコニコしながら見ていた綾杜が、口を挟む。
「君たち、本当に仲良しなんだね。オレともぜひ仲良くしてもらいたいなぁ、なんて」
友好的な綾杜に対して、葵と真白は、やはり訝しげな顔をしている。
「まだいたのかよ」
「貴方に用はないので、さっさと帰ってもらってもいいですか?」
真白はあからさまに邪険にするような態度をとり、葵は笑顔を湛えてはいるが、その物言いは辛辣で容赦がない。
「君たち、さっきから辛辣過ぎない? あれ、オレたち今日が初対面だよね? しかもオレ、一応先輩なんだけど?」
「「関係ねぇ(ないわ)」」
「ひどっ!」
息の揃った二人に一蹴された綾杜は、落ち込んだ様子で肩を落とす。
「首藤先輩、すみません」
朔夜が謝れば、綾杜は爽やかな笑みを浮かべながら、朔夜の頭をポンと軽く撫でた。
「まぁ、また出直すことにするよ。その時は良い返事を聞かせてもらえたら嬉しいな」
そう言ってニコリと笑った綾杜は、背を向けて行ってしまった。
「二度と来んな」
「何だったんだ、アイツ……」
真白はどこから取り出したのか、眉を顰めながら朔夜の頭上に殺菌スプレーを振りかけているし、葵は遠ざかって行く綾杜の背を睨みつけている。
謎の先輩の登場に、困惑したり、訝しんだり、はたまた「(面白い人だったなぁ)」と呑気に考えている者がいたりしながらも、六人は各々の家へと帰るために、止めていた足を動かす。
その間大人しく地面に座っていたシロ太は、綾杜が去っていた方向を、威嚇するような面持ちで、ジッと見据えていた。
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