第百四話 強さを求めて、挑む場所



 八月の終わり。燃えるように真っ赤な夕暮れ空の下で、賑やかな声が響いている。

 そこにひょっこり顔を出したのは、朔夜の実父であり、魁組の頭領でもある酒呑童子だ。


「よぅ、楽しんでるみてーだな」

「あ、朔夜くんの、お父さん……! こ、こんにちは」

「こんにちは。お邪魔してます」


 蛍と瑞樹が、礼儀正しく頭を下げて挨拶をする。

 葵も小さく頭を下げ、時雨は親しみのある笑みを浮かべてお辞儀をする。


「あぁ、ゆっくりしていけよ」

「父さん、どうかしたの? 何か用事でもあった?」

「……まぁ、朔夜のダチもいるならちょうどいいか。どうせなら一緒に誘おうと思ってたからな」


 にやりと口角を持ち上げた酒呑童子は、朔夜たち一人ひとりの顔をグルリと見渡してから、すぅっと息を吸い込んだ。


「――今からひと月後、朔夜には、飯井縄いいづな山に行ってもらう」

「飯井縄山って……烏羽組の屋敷がある山だよね? 何で急に?」


 烏羽組は、烏天狗が頭領を務めており、剣術や神通力に秀でた妖が数多く籍を置いている組でもある。その跡取りであるあきらは朔夜と同い年であるため仲も良く、所謂幼馴染の関係であるため、烏羽組に遊びに行ったことも、これまで何度かあった。


「あぁ、そうだ。ひと月後に飯井縄山で、妖怪として一人前になるための儀式みたいなもんがある。朔夜には、それに挑んでもらう」

「……え? 儀式って……」


 ぽかんと呆けた顔をする朔夜に代わって、一言一句聞き逃すことなく話を聞いていた蛍が、興奮気味に口を開いた。長い前髪と丸眼鏡の下に隠れている瞳を見ることはできないが、その声音を聞いただけでも、キラキラと輝いているのだろうと想像できる。


「よ、よよ、妖怪になるためには、試験みたいなものがあるんですか……!?」

「んな話、オレも聞いたことねーぞ」


 蛍に続いて、葵も反応を示す。妖怪についての文献は色々と目を通してきたはずだが、妖怪が一人前になるために儀式をしているだなんて話は、一切聞いたことがなかった。


「まぁ、魁組の伝統みたいなもんだ。つっても、ウチから挑むのは朔夜で二人目だけどな」

「二人目? それじゃあ、一人目に挑んだのって……」


 ――父さんなの?


 朔夜はそう続けようとしたが、それよりも先に真白が開口する。


「おい、朔夜。あそこでの儀式っつーのは、つまり妖怪として一人前かどうかを見定めるための、厳しい試練が待ってるってことだ」


 ――生半可な気持ちで挑むなら、辞めておいた方がいい。


 儀式についての話を耳にしたことのあった真白は、そう伝えようとした。しかし、朔夜の表情を目にすれば、喉まで出かかっていた言葉は引っ込んでしまった。


「真白、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。――父さん。前にも言ったけど、僕は、魁組を継ぐつもりはないよ。だけどね……もっと強くなりたい。大切なものを守れる力がほしいんだ。だから……そこに行けば、僕は今よりもっと強くなれるってことなんだよね?」

「……あぁ。そういうことになるな」


 朔夜の真っ直ぐなまなざしを真正面から受けた酒吞童子は、フッと静かな笑みを浮かべながら、コクリと頷いて返す。朔夜が出す答えを、すでに察している表情だ。


「……分かった。僕、飯井縄山に行くよ!」

「そういうと思ったよ。さすが俺の息子だな」


 父親の顔をした酒吞童子は、朔夜の頭をクシャリと撫でる。

 「けど、後を継がねぇって話は認めねぇけどな」と、最後にしっかり付け足しながら。


「あ、あの……それって、僕たちも付いて行ってもいいんですか?」


 蛍がおずおずと尋ねる。


「あぁ。儀式に挑むのは朔夜一人になるが、朔夜の友人としてぜひ一緒に行って、応援してやってくれ」

「あ、ありがとうございます……!」


 不安そうな顔をしていた蛍は、酒呑童子の言葉にパッと喜色を浮かべる。


「僕もぜひ同行させてもらえないかな? 微力ながら、朔夜くんが万全の状態で挑めるように、全力でサポートさせてもらうよ」

「うん、ありがとう二人共!」


 同行を申し出てくれた蛍と瑞樹に、朔夜も嬉しそうに笑う。


 ――飯井縄山でどんな試練が待ち受けているとしても、友の声援があるだけで、何だって乗り越えられてしまいそうだ。


 この場にいる皆に、自身が半妖であることを打ち明けてよかった、と。……信じてよかったと。


 朔夜は心から、そう思った。


「ボクたちはどうする?」

「どうするって……付いて行くしかねーだろ」

「え、葵と時雨くんも付いてきてくれるの?」

「あぁ。妖怪の儀式っつーのがどんなものなのか、興味もあるしな」

「……っていうのは建前で、葵は純粋に、朔夜くんのことを心配して付いて行くだけだと思うけどね」

「時雨は黙っとけ」


 葵と時雨が共に行くことも決まり(勿論言うまでもなく、真白も同行するため)ひと月後に、妖怪研究同好会六人で飯井縄山に行くことが決まった。


「朔夜様~!」


 話がひと段落ついたタイミングで、こちらに近づいてくる複数の足音が聞こえてくる。

 名を呼ばれた朔夜がそちらを向けば、そこにいたのは魁組四天王の面々だった。

 先頭を歩いている虎熊童子は、朔夜と目が合うと満面の笑みを浮かべて、元気に手を振っている。


「わんっ! わんわん!」

「ぉわっ! シロ太のやつ、何故か俺にだけめちゃくちゃ吠えてくるんだよなぁ。……俺、何かしたか?」


 大人しく朔夜たちの足元に座っていたシロ太だったが、突然駆け出したかと思うと、金童子の周りをグルグル回って吠え出した。それは威嚇する吠え方というよりは、構ってほしいが故に声を上げているようにも見えるが――当の金童子本人には伝わっていないようで、ガックリと肩を落としている。


「……嫌われてるんじゃない?」

「まぁ、そういう時もあるだろう」

「あはは、金吾ってば、嫌われてやんの~」


 しかし他の面々は、金童子を慰めたり、真実を教えたりする気は更々ないらしい。傷口に塩を塗ったり、ケラケラと笑ったりと、この状況を楽しんでいる様子だ。


「騒がしい連中だな……」

「ふふ。とか言って葵、賑やかなのも嫌いじゃないでしょ?」


 葵が小声で漏らした一言が耳に届いた朔夜は、楽しげな声音で尋ねる。


「……まぁ、悪くはねぇな」


 葵は暫しの沈黙の後、綺麗に咲いた朝顔を視界に収めながら、そう返した。

 素直ではない物言いとは裏腹に、その顔は、誰の目から見ても分かるほどに穏やかで、優しい色をしている。


 こうして、葵が同好会を辞めることを阻止することができ、妖怪研究同好会の絆は、また一つ強くなったのだった。


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