第九十三話 過保護の上乗せ
宿題を終え、話に花を咲かせていた朔夜たちのもとにやってきたのは、魁組四天王のムードメーカーである虎熊童子だった。その手にはお盆を持っている。
「朔夜様、勉強の方は進みました? あっ、これ、お茶のおかわりとお菓子です!」
「うん、ちょうど終わったところだよ。
「いえいえ! 御友人方も、ゆっくりしていってくださいね!」
頭の角を隠して人間の姿に化けている虎熊童子は、まん丸の大福が載せられた皿と湯呑みをテーブルに置いていく。
「あ、ありがとうございます!」
「ご馳走様です」
蛍と瑞樹はお礼を言いながら、何か聞きたそうな顔をして朔夜を見る。
「ん? どうかした?」
「あ、その……この方って、朔夜くんの兄弟、とかではないよね?」
「使用人の方かい?」
どうやら虎熊童子との関係性が気になるらしい。
確かに二人の顔立ちは似ていないし、朔夜を“様”付けで呼んでいるのだから、使用人だと勘違いしてしまうのも無理はないだろう。
「彼は
「さ、朔夜様……!」
虎熊童子は感極まった様子で瞳を潤ませたかと思えば、突然キリッとした面差しで朔夜たちの後ろに移動する。
「ん? ……虎ってばどうしたの?」
「俺、此処で朔夜様と御友人方を見守ってます! 俺のことは気になさらないでください!」
「え、見守ってるって……店の中だし大丈夫だよ?」
「いえ、万が一何かあってからじゃ遅いので!」
最近の虎熊童子は、気づけばこうして朔夜の側に控えていることが多かった。原因は数日前の、“あの事件”がきっかけだ。
朔夜は、数日前の夜のことを思い出す。
「――おい、朔夜様が帰ってきたぞ!」
「何、本当か!?」
朔夜が行方不明となったあの日。
朔夜が帰宅した後の魁組は、それはもう騒然としていた。
「朔夜様……‼ ぶ、無事で、無事で本当に良かっだでずっ……‼」
特に朔夜を送り出した張本人である虎熊童子は、ひどく朔夜を心配していた様子で、出会い頭に号泣しながら朔夜に抱き着き、そのまましばらく離れなかったのだ。
ここまで心配をかけていたとは思わなかった朔夜は、真白を待っていた方が良いのではという虎熊童子の忠告を聞かずに家を出てしまったことを、大いに反省させられることになった。
「虎、心配かけてごめんね」
「うっ……いえ、無事だったならいいんです。ですけど、今度からは絶っっ対に、護衛の者を付けてくださいね!」
「そうですよ。真白がいない時は遠慮せずに、俺らに声を掛けてくださいね」
「俺たちも心配したし、茨木童子さんも苛々してて、凄く怖かったから……もう勝手にいなくなるのは、駄目だよ」
魁組四天王から始まり、他の妖怪たちにも声を掛けられた朔夜を最後に待ち構えていたのは、それはそれは良い笑顔を浮かべた茨木童子だった。
「朔夜様は魁組の跡取りであるということをもう少し自覚した方が宜しいかと思います。そもそも、護衛も付けずに出歩くなど……何かあってからでは遅いのですよ? しかも半妖だということを御友人方に打ち明けたのですよね? 過ぎたことは仕方ありませんが、今後はより気を引き締めた上での行動を――……」
真白と一緒に正座させられた朔夜は、耳にたこができそうなほどのお小言を貰うことになった。普段温厚な者が起こった時ほど怖いものはないのだと、朔夜は身をもって思い知らされたのだ。
ちなみに実の父親である酒呑童子は、「あんくらいの年になれば、夜遊びくらいするだろ? 心配しなくても、その内帰ってくるだろーよ」と言ってからりと笑いながら、いつものように酒を飲んでいたらしい。
組の妖怪たちは元より朔夜には甘かったが――この日からというもの、朔夜に対する過保護に拍車がかかったのだ。
「……えーっと、虎。ずっと立ってなくても、もう戻っても大丈夫だよ。もしだったら、此処に座って一緒にお喋りする?」
朔夜は背後から突き刺さってくる視線に耐え切れず、振り返って提案する。
しかし虎熊童子はキリリとした顔で首を横に振るばかりだ。
「いえ、俺のことは置物だとでも思ってください」
蛍や瑞樹は、真剣な表情で此方をジッと見つめてくる虎熊童子に戸惑っている様子だ。
葵などは口許に微笑を浮かべてはいるものの、そのまなざしは完全に、変質者を見るそれに近い。
どうしたものかと朔夜が眉を下げていれば――カラカラと音を立てて、店の扉が開かれた。また誰かがやってきたようだ。
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