第九十四話 小妖怪の心配事



「朔夜様、客人ですよ」

「え? 客って……僕に?」

「はい」


 朔夜たちの前に顔を出したのは、茨木童子だった。

 客人が来ていることを伝えると、そのまま虎熊童子の首根っこを掴んで回収していってくれる。


「い、茨木童子さん。俺は今、朔夜様を見守っている最中で……!」

「朔夜様も御友人も困っているだろう。それに真白も付いているから心配はいらないよ。ほら、今日は仕上げなければならない書類が残っているからね。虎にも手伝ってもらうよ」

「えぇっ、そんな……! さ、朔夜様―!」


 虎熊童子の助けを求める声も虚しく、茨木童子に引きずられた虎熊童子は屋敷へと戻っていった。

 そして代わりに店の扉前に現れたのは、二つの見慣れた小さなシルエットだった。


「あ、君たちは……!」

「さ、朔夜くんの知り合い?」


 現れた小さき妖怪を目にした蛍は、興奮で目を輝かせる。


「朔夜様、こんにちは!」

「今お時間はありますか?」


 朔夜を訪ねてきたのは、不知火のことを“主君”と呼び慕っている、二匹の小妖怪たちだった。


「うん、大丈夫だよ。……今日は二人で来たの?」

「はい!」

「そうです!」

「そっか、不知火は来てないんだね。僕に何の用事かな?」


 その場に屈んで目線を合わせた朔夜が尋ねれば、アイコンタクトをとった小妖怪たちは同時に開口する。


「「我らが主君の様子が、変なんです!」」

「主君の様子がって……不知火のことだよね。何かあったの?」

「それが……」


 小妖怪たちの話を聞いたところ、ここ最近の不知火は、物思いに耽っているようにぼうっとしていたり、何度も溜め息を吐いていたりと、何かに悩んでいるような素振りを見せているらしい。


 しかし小妖怪たちが聞いてみても「何でもねぇよ」の一点張りではぐらかされ、理由を教えてはくれないそうだ。


 また一人で何処かに出掛ける姿も頻繁に見られるのだとか。お供しようとしても「付いてこなくていい」と突っぱねられてしまうのだと言う。


「主君が一体何を考えているのか、我らにはさっぱりわからなくて……」

「それとも主君は、我らに愛想を尽かしたのでしょうか……」

「「しゅ、主君~……‼」」


 小妖怪たちはシクシクと泣き出してしまう。その小さな背中を慰めるように擦ってやりながら、朔夜は不知火のことを考えた。

 根は優しく情に熱い不知火が小妖怪たちに愛想を尽かしたなどとは考えられないし、以前盃を交わした時には、何かに悩んでいるような様子も見られなかった。


「……よし! 一緒に和菓子を作ろう!」


 朔夜の唐突な提案に、この場にいる皆の目が点になる。


「な、何故和菓子作りなのですか……?」


 小妖怪が尋ねれば、朔夜は嬉しそうに訳を教えてくれる。


「ほら、この前手土産に持っていった“和葛氷菓子”、不知火は凄く喜んで食べてくれてたでしょ? 折角だからまた持っていきたいなって思って。不知火の好きなお酒も一緒に持っていって、一緒に和菓子を食べながら話を聞いてみようよ。二人が心配してるってことを真摯に伝えれば、不知火も悩みを話してくれるんじゃないかな?」

「「さ、朔夜様……!」」

「それに和菓子には心をまぁるくする力があるからね。美味しい和菓子を持っていけば、不知火も悩みをぽろっと話してくれるかもしれないよ!」


 グッとサムズアップしてみせた朔夜に、小妖怪たちはキラキラとしたまなざしを向ける。


「やはり朔夜様は頼りになります!」

「本当です! さすが主君と盃を交わしたお方…むぐっ」


 小妖怪の言葉が中途半端に途切れる。何故なら、真白がその口許を塞いだからだ。


「皆も手伝ってくれる?」

「……えぇ、いいわよ」

「ボク、和菓子なんて初めて作るなぁ」

「ぼ、僕もだよ」


 小妖怪の言葉は、どうやら葵たちの耳には届かなかったようだ。盃を交わしたことについて突っ込まれても面倒だと思った真白は、胸中で安堵の息を漏らす。


「それじゃあ厨房に行こうか」


 手伝いをお願いした朔夜は、早速皆を店の厨房に案内することにした。


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