第九十一話 解決と暴露



「おいっ、怪我は」

「……大丈夫だ。問題ねぇよ」


 真っ先に朔夜の安否を確認した真白は、無事であることが分かると、それは深いため息を吐き出した。


「心配かけて悪かったな」

「……心配かけさせた分は、何かしらで倍にして返してもらうからな」

「じゃあ手始めに、帰ったら真白の好きな菓子、何でも作ってやるよ」


 ジト目で睨み上げてくる真白の頭をポンと軽く撫でた朔夜は、へたり込んだままの瑞樹の前にしゃがみ込んで、その顔を覗き込んだ。


「……瑞樹」


 朔夜に名を呼ばれた瑞樹は、ビクリと肩を震わせる。


 これから何を言われるのか、想像することは容易い。この裏切り者がと、罵倒されるだろう。何故こんなことをしたのかと、非難されるだろう。――もう、友達に戻ることはできないのだろう。


「オレはそんなに格好いいか?」


 身を縮めて、固く目を瞑る。しかし耳に届いた第一声が、想像していたどの言葉でもなかった為、驚いた瑞樹は反射で顔を上げてしまった。


「っ、え?」

「だから、オレはそんなに格好いいのかって聞いてんだよ。オレに惚れ込んでたんだろ?」


 フッと笑った朔夜に揶揄い雑じりの声で尋ねられた瑞樹は、その芳しい魅力にあてられながらも、コクリと頷いて返す。


「……うん、そうだよ。僕は朔夜くんに憧れて、嫉妬してたんだ。僕は幼い頃から、仲間外れにされたり陰口を叩かれることもあって……だから、誰からも好かれる、君のようになれたらって。……馬鹿な真似して、皆を巻き込んで……本当に、ごめん」


 瑞樹は、朔夜だけでなく蛍たちにも目を向けて、深く頭を下げた。

 許してもらえなくても、友達には戻れなくても――謝らなければならない。自分の犯した過ちを認めて、償わなければならない。


「反省してんなら、もういいだろ。次はあんな妖怪に唆されるんじゃねーぞ」

「……ゆ、許してくれるのかい?」

「許すために、ごめんって言葉があるんだろ? ……いいか、瑞樹。変わりたいなら、自分の力で変わるしかねぇんだ。楽な道なんてねーんだよ」

「っ、うん……」

「……もう逃げんじゃねーぞ」


 しゃくり上げて泣き出した瑞樹の頭を、朔夜は少しだけ荒っぽい手つきで、優しく撫でる。

 二人のやりとりを見ていた蛍も、目を潤ませている。他の三人も瑞樹を責める気はないようで、何も言わずに見守っていた。


 そして朔夜が立ち上がれば、この場に沈黙が落ちる。


 シ――――ン。


 効果音を付けるなら、これが一番しっくりくるだろう。


 身動ぎすることすら憚られるほどの気まずい静寂が辺りを包み込む中、恐々と口火を切ったのは蛍だった。

 さすが同好会の会長とも言うべきか。普段はビクビクとしていることが多いが、意外にも肝が据わっているのかもしれない。


「あ、あの……あ、貴方は、朔夜くん、なんですよね……?」

「あぁ」

「と、ということは、朔夜くんは妖怪ってこと……?」

「オレは半妖だ。妖怪と人間の血が半分ずつ流れてる」

「は、半妖……」


 蛍の問いかけにさらりと肯定した朔夜は、自身の正体を隠す気は一切ないらしい。

 色々と吹っ切れたようで、平然とした様子で皆の前に立っている。清々しいほどの堂々っぷりだ。


「あれ? 葵ってば、あんまり驚いてないみたいだね」


 時雨は、葵が思っていたよりも平然としていることに気づいて、首を傾げた。

 複雑そうな顔をしてはいるものの、妖怪化した朔夜の姿を見て驚いたり動揺したりしている様子は見られない。


「……何となく、そうなんじゃねーかと思ってたんだよ。この前森の中で会った時も、アイツの姿だけ見えなかったしな」


 真っ先に飛び出してきそうな朔夜の姿が始終見当たらなかったことを、葵は不思議に思っていたのだ。

 それに、普段朔夜から感じる妖怪の気配は、小料理屋に来る妖怪の気配が移っているものだとばかり思っていたが……それも自身の妖力だったのだと考えれば、色々と納得できる。


 朔夜が纏う妖気からは、そこらをうろついている妖怪とは違い、色濃く強い力を感じ取ることができる。人間の姿をしている時はそれも薄らいではいるが、やはり他の妖怪とは一線を引いた何かを感じるのだ。


「あ、あの! それじゃあ、僕が小学生の時に助けてくれたのって、やっぱり朔夜くんだったのかな……!?」


 興奮を隠しきれていない蛍が、胸の前で両掌を握りしめて朔夜に尋ねる。


「助けた? ……否、オレじゃねーよ。覚えもねぇしな」

「ほ、本当に……?」

「あぁ。第一、そん時見たっていう妖は、今のオレと同じような背丈だったってことだろ? そん時のオレは、まだガキだったろうしな」

「あ、確かに……僕が見た妖怪は大人の姿だったし、そう考えると、朔夜くんとは一致しないのか……」


 蛍は落胆した様子で肩を落とす。


「……そんなにオレに似てたのか?」

「う、うん! 顔立ちとか、雰囲気とかがそっくりでね……! 凄く格好良かったんだ!」


 蛍はその妖怪と出会ったことで、ここまで妖怪に興味を持つようにもなったらしい。


「あ、そ、そういえば東雲さんも、この前会いたいって言ってたよね? それって朔夜くんのことだったの?」

「……えぇ、そうね。私が捜していたのは、魁くんで間違いなかったわ」


 ニコリと微笑む葵。

 蛍は「あ、会えてよかったね!」と自分のことのように喜んでいる。


 しかし漸く泣きやんだ瑞樹が、とあることに気づいてしまい、ボソリと呟いた。


「でも、東雲さんは、妖怪を滅するために此処まできているわけで……今の状況って、まずいんじゃないのかい?」

「……ハッ! た、確かに……!」


 蛍は慌てるが、葵が直ぐにその考えを否定する。


「心配しなくても大丈夫よ。魁くんのことを滅しようだなんて考えてないから」

「へ? そ、そうなの?」

「前なら迷わずに滅していたでしょうけど……妖怪が全て悪なわけないとか、人と同じで良い妖怪もいるとか、私にわざわざ説教してきた妖怪がいたものだから」

「……へぇ。ソイツは何処の妖なんだろうな」


 葵が言う“説教を垂らした妖怪”が自分のことだと分かっていながら、薄い笑みを浮かべた朔夜は、白々しく知らぬふりをする。


 葵はニコリと微笑み返しながら「まぁ、もしその妖怪が悪児を働いた時には、私が直ぐにあの世に葬ってあげるけどね」と付け足し、聞いていた蛍と瑞樹を震え上がらせた。


 言われた当の本人は、クツクツと喉を鳴らして愉しそうに笑っていたが。


 こうして様々なハプニングに見舞われながらも、同好会メンバーの絆がまた一つ深まったのだった。


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