第八十九話 裏切り者の正体は



「貴女の目的は何なの? まずそこの二人を解放してくれるかしら?」


 話が通じる相手ではないだろうと思いながらも、葵は針女に人質を解放するよう持ち掛ける。


「二人を、ねぇ……フフッ」

「……何が可笑しいの?」


 針女はニタニタと愉しそうに笑いながら、髪先の針を指先で弄っている。


「――僕がやったんだ」


 針女に代わって、下を向いて黙り込んでいた瑞樹が、おもむろに口を開いた。

 しかし葵たちには、瑞樹が吐き出した言葉の意味も、何故このタイミングで話を切り出したのか、その意図さえもが分からない。


 一瞬、不気味なほどに静かで気まずい沈黙が流れた。


「あっ、あの、瑞樹くん、やったって、何のことを言ってるの……?」


 静寂を破ったのは、蛍だった。

 時雨たちの後ろから恐々とした様子で顔をのぞかせながらも、長い前髪に隠れたその瞳は、瑞樹に真っ直ぐ向けられている。


「この前の学校の騒ぎ。あれは……僕がやったことなんだよ」

「っ、えっ……と、どういうこと?」

「どういうことも何も……そのままの意味さ。僕が妖怪に加担して騒動を起こしたんだ。だから、蛍くんを危険に巻き込んだのも……僕だってことだよ。それに、叢雲山に妖怪が現れるっていう情報を流したのも僕だよ。僕が蛍くんの個人サイトに、嘘の書き込みをしたんだ」

「う、嘘の? な、何でそんなこと……」


 蛍が唇を戦慄わななかせながら問いかければ、瑞樹は、蛍の斜め前で険しい顔をしている葵に目を向けた。


「東雲さんを、おびき出すためだよ」

「……へぇ、私を誘き出すために。でも、どうして貴方がそんなことをする必要があるの?」


 葵は動揺することもなく、落ち着いた声音で尋ねる。


「頼まれたのさ。東雲さんに聞きたいことがあるから、誘き出してほしいって。東雲さんは妖怪相手だと警戒して応じてくれないから、協力してくれないかってね。そうしたら、僕の望むものをくれるって、そう約束したんだ。だから……」


 瑞樹は震える拳を固く握りしめて、葵たちからそっと目を逸らした。

 その表情は苦渋の色に濡れていて、自分の行いに対して後ろめたさを感じていることが見て取れる。


「そうだよ、この坊やは私の味方だってことさ。そして私の目的は坊やが言った通り、アンタだよ」


 針女の狙いは初めから葵一人だったようだ。

 葵の、妖力を増幅させる能力に引き寄せられた類の妖怪なのだろう。


「さぁ、アンタはさっさとこっちへおいで。さもなくば、この坊やを替わりに喰っちまうよ?」

「……」


 式札を持った右手を背中に回した葵は、針女のもとに足を動かす。


「……おい、西園寺」


 しかし背後から届いた声に、その歩みを止めた。

 声を上げたのは、今までずっと黙っていた真白だった。


「お前……朔夜のことを騙したのか?」


 冷たく鋭い、視線だけで凍えてしまいそうなまなざしに、瑞樹は身体をブルリと震わせる。――これは、明確な殺気だ。真白の表情に滲む憤怒の色に気づいた瑞樹は、気圧されそうになりながらも、ゴクリと唾を飲み込んで頷く。


「……あぁ、そうだよ。朔夜くんには、人質になってもらったんだ」

「フフ、そういうことさ。のこのこ付いてきて、馬鹿な子だねぇ」


 針女は、地べたで眠ったままの朔夜の首筋に、鈍く光る針をあてがった。――その刹那。


 肌を刺すような殺気に、針女は朔夜から身体を離す。


「えっ、真白、くん……?」


 蛍が、目の前の光景が信じられないといったような声で、その名を呼んだ。


 金の髪は白へと色を変え、頭上から覗くのは二本の角。褐色の瞳は、血のような深紅の色へと変わっている。


 ――完全に妖怪へと変化した真白が、憎悪を燃え上がらせた目で針女を射抜いていた。


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