第八十八話 妖怪研究同好会、集結



「ねぇ葵、ほんとに此処に妖怪がいるわけ?」

「あぁ、間違いねぇ。時雨も感じるだろ?」

「確かに気配は感じるけどさ……何でまた学校なわけ?」

「……そんなの知らねーよ」


 いつも通りに町内の見回りをしていた葵と時雨は、夜の学校に足を踏み入れていた。近くを通りかかった際、校舎内から嫌な気配を感じたからだ。


「……あっちだ」


 忍びこんだ校舎内の窓枠から外に飛び出た葵は、校舎裏へと足を進める。


「……あれ、蛍くんから電話だ」


 葵の後に続いていた時雨は、尻ポケットに入れていたスマホが振動していることに気づいた。歩きながら確認すれば、そこには“月見蛍”の文字が表示されており、時雨は迷うことなく通話ボタンをタップする。


「はい、もしもし」

『……あ、し、時雨くん? 蛍なんだけど……あの、突然ごめんね』

「ううん、大丈夫だよ。どうかした?」

『あ、えっと、その……』


 蛍は僅かに言い淀んでから、おずおずと用件を切り出す。


『その、朔夜くんが何処にいるか知らないかなって、思って……』

「朔夜くんが? ううん、知らないけど……何かあったの?」

『あ、いや、その…『おい、ちょっと貸せ』…あ、ちょっと待って……!』


 蛍の声とは別に、見知った人物の声が聞こえてくる。


『だから言ったろ。そいつに電話しても無駄だって』

「……蛍くん、もしかして真白くんと一緒にいるの?」


 意外な組み合わせに時雨が驚いていれば、通話の相手が蛍から真白に変わったようだ。


『……似非神野郎。いいか、もし朔夜を見かけたら直ぐに連絡しろ』

「……はい? ちょっと真白くん、人にものを頼むならちゃんと説明し…って、切れたし」


 ツーツーと機械的な音が聞こえる。

 時雨は嘆息しながらスマホをポケットに戻した。


「おい時雨、何やってんだよ。さっさと行くぞ」

「うん、分かってるって。今蛍くんと真白くんから電話がかかってきたんだけどさ……」


 どうやら朔夜が行方不明になっているらしいことを伝えようとした時雨だったが、左方向から感じる殺気に、瞬時に上半身を捻った。次の瞬間、時雨の顔面があった場所を、鋭利な針のようなものが過ぎ去っていく。


「や~っと来たねぇ。待ちくたびれてたんだよ」


 時雨と葵が声の聞こえる方に同時に視線を向ければ、そこに立っていたのは着物姿の女だった。長いざんばら髪の先端が、釣り針状になっている。――針女はりおんなだ。


 そしてそんな針女の背後にいるのは、葵と時雨が良く知る人物だった。


「……魁くんに、西園寺くん?」


 葵が呟く。視線の先にいるのは、地べたに寝転がされている朔夜と、その隣に佇んでいる瑞樹だ。


 何故二人があんな所にいるのかと葵は疑問に思ったが、叢雲山での時のように人質に取られているのだろうと直ぐに気づいて、グッと奥歯を噛みしめた。


 妖怪全てが悪ではないことも分かったが、それでも……やはり妖怪の多くは、賤しく卑劣な存在で、卑怯な手ばかり使ってくる。そういうものなのだ。



「え、東雲さんと時雨くん? 何で此処に……って、よ、よよよっ、妖怪……!? な、何でまた……!?」


 葵たちの背後からやってきたのは、蛍と真白だった。

 学校から漂う嫌な気配に気づいた真白が、また朔夜が何かに巻き込まれているのではないかと危惧し、二人で忍びこんできたのだ。


 蛍は妖怪の存在に気づくと、大げさなほどに身体を震わせ、動揺を顕わにする。

 ついこの間妖怪と遭遇したばかりだというのに、再び校舎内で出くわすことになるとは思ってもみなかったのだろう。


 ――此処に、何故か妖怪研究同好会のメンバーが集結してしまった。


 葵は面倒なことになったと内心で舌を打ちながら、針女をジッと見据える。



「……」


 地べたで寝転がされている朔夜を視界に入れた真白の褐色の目が、一瞬、深紅に色を変えた。深紅の瞳は、真白が本来の妖怪の姿をしている時の瞳の色だ。


 真白の切れ長の瞳が鋭くぎらついていることに気づいたのは、一番近くにいた時雨だった。


 今にも針女目掛けて突進していきそうな真白を横目に、この意味の分からない状況ではそう簡単に帰れそうにないなと察して、「(まだ夕飯も食べていないのになぁ)」と、静かに諦めの吐息を漏らしていた。


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