第八十七話 彼の者は何処(いずこ)に



 自室で妖怪に関する本を読んで一人ニマニマと笑っていた蛍は、軽快に着信を知らせたスマホに驚き、小さく肩を震わせた。ちなみに着信音は、某妖怪が出てくる子どもたちに人気のアニメの主題歌だ。


 蛍は相手を確認すれば、そこには“魁真白”と表示されている。


「ま、真白くんから? え、何で……?」


 同好会メンバー全員で一応連絡先を交換していたとはいえ、真白から連絡がかかってくるのは初めてのことだ。蛍はアワアワと狼狽えながらも、一度深呼吸をしてから、恐る恐る通話ボタンをタップした。


『……遅ぇ』

「ご、ごめんね真白くん! あ、あああの、どうしたの、僕に電話なんて……」

『……』


 真白は数秒の沈黙を落としてから、微かに気まずそうな声音で蛍に尋ねる。


『お前のところに、朔夜が邪魔してないか?』

「え、さ、朔夜くん? 僕の所には来てないけど……」

『……そうか、ならいい。……夜分遅くに悪かったな』


 そのまま通話を切ろうとしている真白に、蛍は慌てて待ったをかける。


「あ、あの! 朔夜くん、まだ帰ってきてないの……?」

『……あぁ』


 時刻はすでに夜の十時を回っている。

 真白からの肯定の言葉にグッと喉の奥を詰まらせた蛍は、考えるよりも先に言葉を紡いでいた。


「ぼっ、……僕、捜しに行ってみるよ!」

『っ、はぁ? ……いい、止めとけ』

「で、でも、真白くんも、今から捜しに行こうと……えっ。もしかして真白くん、今外にいるの?」


 真白の声に混じって微かに聞こえてきた電車の走行音に気づいた蛍は、驚いて尋ねた。真白は一人でずっと朔夜を捜し続けていたのではないかと、そう思ったからだ。


『あぁ、そうだ。朔夜は俺が見つけるから、大丈…「な、なら! やっぱり僕も捜しに行くよ!」


 蛍は通話をスピーカーにして机の上に置くと、今着ている部屋着を脱ぎ、学校の指定ジャージに着替える。


「ぼ、僕だって、朔夜くんが心配なんだよ。だ、だから僕も、朔夜くんを捜すの、手伝わせてくれないかな……?」

『……』


 蛍にとっては長く感じる沈黙が続いたが、真白の深いため息と同時に了承の言葉が返ってきたので、蛍はパッと顔を明るくさせた。


『はぁ、分かった。ただし、一緒に捜すぞ。……お前に何かあったら、俺が朔夜に文句を言われるだろうからな』

「う、うん! ありがとう、真白くん!」

『……別に。家どこら辺なんだよ。今から迎えにいく』


 ぶっきらぼうな言葉から確かな温かみを感じた蛍は、今まで少し怖いと感じていた真白が、本当は凄く優しい人なのだということを改めて実感して、じんわりと胸を熱くさせていた。


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