第八十四話 受け継がれし鬼の体質
「何でオヤジたちがこんなとこにいんだよ」
突然気配もなく現れた酒呑童子たちに、朔夜は胡乱気なまなざしを向ける。
「お前が変化した姿をこの目で見ておきたくてな」
「真白に連絡をするよう頼んでおいたんです」
「……成程な」
それで先ほど姿が見えない時があったのかと合点がいった朔夜は、静かに頷く。
「にしても……お前、見違えたなぁ。男前度が上がってんじゃねーか」
「……そうか?」
酒吞童子はニヤリと笑って、朔夜の背中をバシンと叩いた。
男前どうこうが自分ではよく分からない朔夜は小首を傾げる。
「おい朔夜、コイツら
「あぁ、それは…「俺はコイツの父親だ」
不知火の疑問に答えようとした朔夜の声を遮った酒吞童子は、朔夜の頭に手を乗せると、ニッと口角を上げて笑う。
「コイツと盃を交わしてたんだろ? 馬鹿息子を宜しく頼むぞ」
「あぁ? んなこと言われなくても、端からそのつもりで飲んでるに決まってんだろ」
「クッ……お前、中々に生意気だな。だが面白れぇ」
ケッとそっぽを向いて生意気な態度をとる不知火に、茨木童子は微笑を浮かべながらもこめかみに青筋を立てている。
しかし酒吞童子はそんな不知火を気に入ったらしく、クツクツと笑い声を漏らしている。
「……で、さっき茨木童子が言ってた体質っていうのは、どういうことなんだ?」
酒を飲みながら二人のやりとりを見て嘆息した朔夜は、求める答えを分かりやすく説明してくれそうな茨木童子に尋ねた。
「頭は酒呑童子という名の通り、酒を飲むことでその力を増幅させたり、回復する体質を持っているんですよ」
「つーことは、その体質がオレにも受け継がれてるってわけか。……何だ、ただの大酒好きってわけでもなかったんだな」
「当ったり前だろーが。まぁそれがなくても酒は好きだし旨いけどな」
酒吞童子はケラケラと笑いながら、酒瓶に残っていた酒を直接グイッと飲み干した。
「あ、おいオッサン! それはオレの酒だっつーの!」
「ちょっとくらい良いだろ。ケチケチしてたら男はモテねーぞ。……あと俺はオッサンじゃねー、まだまだ現役だ」
慌てて酒瓶を奪い返した不知火は酒呑童子を非難するが、酒吞童子はニヤニヤ笑いながら踏ん反り返っている。
「……なぁ。今回の件、まさかとは思うが……オヤジたちが関わってたわけじゃねーよな」
朔夜は視線を鋭くする。妖怪や神が狂暴化する原因については、結局分からずじまいだったからだ。
「あぁ、その件については俺らも話を聞いてるが、俺たちは勿論、組の
「……そうか」
朔夜は無表情ながら、内心で安堵の息を漏らした。
「だが、今回の件をお前に調査させるように仕向けたのは俺だがな」
「……はぁ? どういうことだよ」
「俺が五月雨の爺さんに頼んだんだよ。神や妖が狂暴化するっつー話にも興味があったからな」
朔夜が妖怪に変化した姿をその目で見ておきたいと思っていた酒呑童子が、そのきっかけになればと頼んでいたらしい。ここ最近月詠町内を騒がせていた騒動について関心があったこともまた、事実のようだが。
「……まぁこれなら、――も大丈夫だろ」
酒呑童子が小さな声で呟いた。
その全てを聞き取れなかった朔夜は、何と言ったのかと尋ねようとしたが――酒呑童子がクルリと背を向けてしまったせいで、それは叶わない。
「そんじゃ、俺は先に帰ってるぞ」
「真白、朔夜様のことを頼んだよ」
ヒラリと手を振った酒呑童子と茨木童子は、すんなりと帰っていってしまった。
「ったく、オマエのオヤジたち、結局何しにきたんだよ?」
「……さぁな」
朔夜はぼんやりと空を見上げた。夕陽が西の地平に傾き始めているのが分かる。温かな橙色が薄紫色と混ざり合い、少しずつ夜が近づいている気配を感じる。
「……今回の事件の原因は、結局分からずじまいだな」
「まぁまた暴走するような妖が現れたら、そん時は相手を倒しちまえばいい話だろ?」
あっけらかんと言い放った不知火に、朔夜はフッと息を漏らすように笑った。
不知火の明け透けない物言いを、朔夜は好ましく思っている。
「それもそうだが……さっきの妖怪は、様子が尋常じゃなかっただろ。何かしらの術を掛けられたのか、薬でも飲まされたのか……詳しいことは分からなかったが、もし神や妖を弄んでるような輩がいるんだとしたら、胸糞悪ぃじゃねーか」
朔夜の瞳の奥で、ゆらりと怒りの炎が燃えていることに気づいた不知火は、一瞬、面喰った顔をした。しかし直ぐに口許を緩めて朔夜を見る。
「……やっぱりオマエ、良い奴だな。それに男気もある。流石オレが惚れ込んだ
不知火はからりと笑いながら、朔夜の空になった盃に酒を注いだ。
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