第八十話 露神様との対面
「ようこそいらっしゃいました。貴殿が朔夜殿ですね」
「はい、魁朔夜といいます。はじめまして」
「先日は、妾の御髪を取り返していただきありがとうございます」
祠の中でちんまりと座っていたのは、手のひらサイズの小さな神様だった。
「妾は今より百年ほど前、梅雨時期に雨乞いをする人々の信仰により生まれた神なのです」
「へぇ、そうだったんですね」
「そしてその当時に、一人の村の民が供えてくれた髪に神気を蓄えておりました。髪には霊力が宿るなどとも言われていますから。ですからこれは、私の命のようなものなのです」
露神様は自身の隣に置いてある、露神様の三倍はある骨壺に触れながらうっそりと微笑む。
「つーか、何で骨壺の中に髪を保管してんだよ」
「それは……偶々近くにあったので、丁度良いと思い保管していただけです」
真白がボソリと漏らした突っ込みに、露神様はサラリと答える。そこに特に深い意味はないらしい。
「……おい、髪って何のことだよ」
「あはは……ちょっと色々あってね」
葵に小声で尋ねられるが、色々と誤魔化して話すにしてもかなり長くなりそうなので、朔夜は空笑いではぐらかした。
「あ、そういえば、今日は狸吉くんはいないんですか?」
まんまるの狸を思わせるような愛らしいフォルムが何処にも見えないことに気づいた朔夜が、辺りを見渡しながら尋ねる。
狸吉は変化していればパッと見は人間の男児に見えるのだが、完全に変化の術が解けたその姿は、つぶらな瞳が特徴の愛らしい狸にしか見えないのだ。
「狸吉は、今は使いを頼んでおりますので不在にしています。それで……貴殿らは、今日はどういった用件で妾のもとを訪ねてきたのでしょう?」
朔夜たちは本題に入るため表情を引き締める。
不知火だけはすでに飽きてしまったらしく、地面で胡坐をかいて退屈そうに大欠伸をしているが。
「実は僕たち、先日あった神様が突然我を忘れて狂暴化してしまったという件について、その原因を調べているんです。その神様と露神様は親しい間柄だったとお聞きしたので、何か知っていることはないかとお聞きしたくて来ました」
「ふむ、成程」
露神様は顎下に指を添えて、考えるような素振りを見せる。
「……実は、今狸吉が使いに行っているのが、渦中の神のもとなのです。容体を聞いてきてもらおうと思いまして。もう直ぐ帰ってくると思うので、良ければ話を聞いていかれますか?」
「はい、ぜび! ありがとうございます」
もしかしたら、何かしらの手掛かりになるような話を聞けるかもしれない。そう考えていた朔夜たちの耳に、狸吉の切羽詰まったような大声が飛び込んできた。
「つ、露神様~! 大変! 大変です!」
慌てた様子の狸吉がぴょんぴょんと跳ねるように駆けてくる姿が見える。
「狸吉、そんなに慌ててどうしたのですか」
「た、大変なのです……! 訪ねてみれば、祠の近くで、様子のおかしな妖が暴れていて……!」
狸吉の話を聞き、さっき感じた嫌な気配の正体はそいつだろうと、葵は直感する。
「おい、その妖ってのは何処にいるんだ!」
「え、えーっと、貴女は……」
「いいからさっさと案内しろ!」
「……狸吉、案内してさしあげなさい」
突然見知らぬ美少女に詰め寄られた狸吉は困惑した様子だったが、仕えている露神様に案内しろと言われてしまった為、訳が分からぬままに頷いた。
「わ、分かりました! 付いてきてください!」
駆け出した狸吉の後を、葵と時雨が追いかける。
「真白、僕たちも行こう」
「……はぁ、分かったよ」
「不知火も、ほら! 早く!」
「あ~? ……何だ、話は終わったのか?」
胡坐をかいたままウトウトしていたらしい不知火は、先程とは打って変わって緊迫した雰囲気が流れていることに気づいて、不思議そうに首を傾げる。
そんな不知火の足元には、何故か酒瓶が転がっている。何処から調達してきたのかは知らないが、朔夜たちが真面目に話している傍らでこっそり飲んでいたらしい。
「とりあえず話は後でするから! はい、立って!」
「うぉっ、わ、わーってるよ! んな引っ張んなって!」
「しゅ、主君、我らは……!」
「あ~……オマエらは此処で待ってろ。いいな」
朔夜に腕を掴まれ引っ張り起された不知火も、訳が分からぬまま朔夜に手を引かれて走り出す。そしてそんな二人の後を、厳しい目をした真白が周囲を警戒しながら追いかけた。
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