第七十九話 ばったり遭遇



 数日前に正気を失ったという神様は、現在は療養中らしく面会は難しかった。しかし五月雨様の話によると、その神様と露神様は、普段から親交のある間柄らしい。


 露神様とは、つい最近、骨壺に入った御髪を取り返してほしいと朔夜のもとを訪ねてきた狸吉が仕えているという、月詠町内にある森に棲まう小さな神様のことだ。


 詳しい話を知っているかもしれない露神様のもとを訪ねてみることにした朔夜たちは、森の中を歩いていた。舗道が木陰になっているため陽光を遮ってくれて、街中に比べればいくらかは涼しく感じる。


「不知火さん、付いてきてくれてありがとう」

「あぁ、あの美味い菓子をくれた礼だ。つーか不知火でいいぜ。オマエには色々と借りがあるからな」

「うん、それじゃあ不知火って呼ぶね。僕のことも朔夜って呼んでくれたら嬉しいな」

「分かった、朔夜だな! 朔夜、手伝ってやるから、今度またあの菓子食わせてくれよな!」

「うん、勿論だよ。よかったら、今度店の方にも食べにきてよ」


 初めは外に出ることを散々渋っていた不知火だったが、一歩社から出てみれば、久しぶりの外出に気分が上がったらしい。先程から楽しそうに辺りを見渡しており、その足取りは軽く見える。つい数十分前まで暑いとへばっていた姿とは別人だ。


「しゅ、主君~、疲れました……」

「あぁ? ったく、だらしがねーな」


 不知火の足元を歩いていた小妖怪は限界がきたようで、不知火に助けを求める。呆れたような声を返しながらも、ひょいっと軽々小妖怪を片手で摘まみ上げて自身の肩に乗せてあげた不知火は、やはり根は優しい妖怪なのだろう。


「それじゃあ君のことは、僕が抱えるよ」


 もう一匹の小妖怪に朔夜が手を差し出せば、小妖怪はおずおずと迷った素振りを見せながらもその手に掴まった。朔夜の腕の中に抱かれた小妖怪は、気恥ずかしそうにしながらも朔夜にお礼を告げる。


「あ、ありがとうございます……!」

「いえいえ、どういたしまして」


 朔夜と小妖怪がほのぼのとしたオーラを放っていれば、そこに声が掛けられる。


「……あれ、朔夜くん? それに真白くんも」


 ガサガサと音を立てて茂みの奥から現れたのは、時雨だった。その後ろには葵の姿も見える。

 驚いた朔夜がきょとんとしているのに対して、目が合ってしまった真白と葵は、互いに眉を顰めて苦い顔をしている。


「何で東雲さんと時雨くんがこんな森の中に?」

「……嫌な気配を感じたんだよ。で、追ってたら此処に辿り着いた」


 朔夜たちと同じく夏休みに入っている葵と時雨は、毎日街中を見回っては、悪しき妖怪を捜して滅していたのだ。今日も見回り中に妖怪の気配を感じて、此処まで追いかけてきたらしい。

 しかし数か月前のように、妖怪となれば誰彼構わずに滅するということはなくなっていた。それは確実に、朔夜の影響が大きいだろう。


「つーか、何でそいつが此処にいんだよ」


 葵は朔夜の隣に立っている不知火を見て、訝しそうな声を出す。


「あぁ? ……オレが何処にいようと、オレの勝手だろーが」


 葵からの棘のある言葉に、不知火も声を低くして睨み返す。

 一気に辺りの空気が悪くなるが、それに気づかない朔夜は、何か思い出したかのように「あっ」と声を漏らした。


「そういえば東雲さん。最近、人間に襲い掛かろうとしていた妖怪を止めに入ったりしなかった?」

「あ? ……あぁ、そういえばしたな。手が鎌みたいな形をした妖怪が、後ろから人間に斬りかかろうとしてたんだよ。通行人に気づかれる前に、そいつは滅したけどな」


 数日前の出来事を思い出した葵が、事実をありのままに口にする。話を聞いた朔夜は、五月雨様が言っていた“勇敢な若者”はやはり葵だったのだと確信した。


「実は僕、その件について調べてるんだ」

「……その件っていうのはどういうことだ。詳しく話せ」


 五月雨様から聞いた話を葵と時雨にもそのまま話せば、顔を見合わせた二人は神妙そうに頷いた。


「成程な……。それじゃあ、さっき感じた嫌な気配も、もしかしたらその件に関わってる可能性があるってことか」

「でもさ、前触れもなく急に攻撃的になるだなんて可笑しな話だよね」

「うん。だから僕たち、その原因を突き止めたくてこの森に来たんだけど…「おい! いつまでもこんなとこで突っ立ってないで、早く行こうぜ」


 暇そうに突っ立っていた不知火が、早く行こうと声を荒げる。


「うん、そうだね。……僕たちは、話を知っているかもしれない露神様の所に行ってみようと思ってるんだけど、東雲さんたちはどうする?」

「……なら、俺たちも行く。気配の方は完全に見失っちまったしな。その露神様の所に向かいながら、妖怪の方も探すぞ、時雨」

「はいはい、分かったよ」


 こうしてメンバーを増やした朔夜たち一行は、露神様のもとに向かって再び歩きだした。

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