第二部 露見

第六十一話 いざ、花散里へ



 “妖宴ようえんの会”とは、年に数回“花散里はなちるさと”にて開かれる、妖怪たちの集まりだ。

 他の組の妖怪たちと酒を飲み交わしながら、情報交換をしたり、様々な催し物をしたりするらしい。


 ちなみに“妖宴”という言葉は、“妖艶”の漢字に掛けているらしい。

 誰が考えたのかは定かではないが、『現実のものとは思えないほどに艶やかで麗しく優雅な美を持つ妖怪たちの集まり』というような意味合いがあるのだとか。


 開催地の花散里は、基本的には、神や妖怪といった類の者しか行き来することが出来ない。庭には年中桃色の花が咲き誇っている、美しい場所だ。

 朔夜にも妖怪の血が流れてはいるが、これまで妖怪化したことがなかったため、それが参加したことのない理由だった。


 ――さて、この妖宴の会には、様々な種族の妖怪が集っている。


 酒吞童子に連れられて半ば強制的に花散里に足を踏み入れた朔夜は、見たことのない妖怪たちが辺りを闊歩している姿に、圧倒されていた。


「おい、朔夜。勝手にどっか行くんじゃねーぞ」


 真白に釘を刺された朔夜はコクコクと首を縦に振りながらも、その目はあちことへと動き、忙しない。小料理屋に客として訪れてくれたことのある顔見知り妖怪の姿も見られるが、やはりその大半は見知らぬ妖怪だ。


 頭首である酒呑童子が鬼の妖怪であることもあってか、魁組に住まう妖怪の半数は鬼の妖怪だ。そのため、鬼の妖怪以外にもこんなに数多の種族がいるんだなぁと、朔夜は改めてそれを実感していた。


「朔夜―!」


 おのぼりさん状態になっている朔夜を呼ぶ声が聞こえてきた。

 朔夜が声の聞こえる方を向けば、胴着に身を包み、真っ黒な長髪を後ろで一つに括った青年が、こちらに駆けてくる。


あきらくん!」

「ひっさしぶりだなぁ、朔夜。会いたかったぜ!」


 快活な笑みを浮かべて声を掛けてきたのは、烏羽剣からすばあきら

 烏天狗という妖怪の実の息子であり、烏羽組の跡取りでもある妖怪の青年だ。


 烏天狗が酒吞童子とは酒飲み仲間ということもあって、剣と朔夜は幼い頃からの顔見知りだった。所謂幼馴染というやつだ。朔夜とは同い年でもあり、気心が知れた仲だった。


「剣くん、最近はお店の方に来てなかったけど、忙しかったの?」

「そうなんだよ! ほら、高校に入ったら、色んな部に勧誘されてさ。体験入部って形で放課後は毎日色んな運動部を巡ってたんだよ」


 剣は朔夜のように半妖というわけではなく、両親ともに妖怪ではあるが、人間の姿で普通に高校に通っている。理由は単純に、楽しいかららしい。


「あはは、剣くんは運動神経がいいもんね。それで、結局どこの部に入ったの?」

「オレは剣道部! ……に入ろうと思ったんだけど、家のこともあるからな。助っ人って形で、時々邪魔させてもらうことになってんだ」


 剣は、名は体を表すとはこのことかと言ったほどに、剣の腕が立つ。


 元々烏羽組には、剣術に秀でた妖怪が数多くいるというのもあるのかもしれない。

 また、烏羽組の者は修行や鍛錬を好み、年に数回は山籠もりを行っているらしい。そんな組の影響もあって、剣本人も、幼少期より修業を積んでいたらしい。


「あ、皆さんもお久しぶりです」


 剣の背後から、数人の男性が近づいてくる。顔見知りでもある朔夜からの挨拶に、男たちは揃って深々と頭を下げた。

 彼らは剣直属の護衛たちだ。皆揃って黒いスーツに身を包んでいて、和装姿でいる者が多いこの場では、少しだけ浮いて見える。ちなみにこのスーツは、ただ単に格好いいからという理由だけで、剣が護衛たちに着せているらしい。


「よっ! 真白も久しぶりだな」

「……あぁ」


 朔夜の後ろに控えていた真白にも、剣は気さくな様子で声を掛けた。

 しかし対する真白は、素っ気ない返しをして視線を逸らす。


「ははっ、真白も相変わらずみたいだな!」


 そんな真白の不躾な態度を気にした様子もなく笑っている剣は、裏表がなく懐の広い、気の良い青年だ。


 真白は剣を嫌っているわけではないのだが、気の良い奴だと分かっているからこそ、未だに上手い関わり方が分からなかった。真白は対人関係に関して、究極に不器用なだけなのだ。


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