第六十二話 烏羽組
「それにしても……はぁ、そろそろ朔夜の作った和菓子が食いてぇな」
朔夜と剣は互いの学校生活の話をしたりして暫く談笑していたのだが、話が一区切りついたタイミングで、剣が落胆した声でそう呟いた。
剣は昔から、朔夜の作る和菓子が大好きなのだ。
魁組が関東に在すのに対して、烏羽組が在るのは中部地方の甲信越だ。新幹線を使ったとしても数時間は要するだろうが、烏天狗の妖怪である剣は、空を飛ぶという、とっておきの移動手段がある。
そのため、護衛を引き連れて、剣自ら小料理屋まで足を運んでくれることも多々あった。
「そう言ってくれると思って、作ってきたんだ」
剣が自分の作る和菓子をいつも美味しそうに食べてくれることを、朔夜は嬉しく思っていた。そのため、今回の会に剣も参加していると知り、昨晩の内に和菓子を作っておいたのだ。
朔夜の言葉に、剣の顔がパッと輝く。
「マジで!? っ、めっちゃ嬉しいぜ……!」
剣の喜ぶ顔を見れて良かったと朔夜がほんわかしていれば、黒の山伏装束に似たものを着た大男が近づいてくる。
「お前は、またそんな格好で来よって」
「別にいいだろ。格好に指定があるわけでもねーんだからさ」
胴着姿の剣を一瞥するや否や、眉を顰めて小言を漏らす。
しかし剣に言っても無駄だと直ぐに諦めた男――烏天狗は、次いで隣に立つ朔夜に目を向けた。
「朔夜、久しいな」
「はい。お久しぶりです、烏天狗さん」
「酒呑童子から聞いたぞ。お主、とうとう妖怪へと変化したらしいな」
「はい。正直、自分でもまだあまり実感はないんですけど……」
「……そうか。しかし焦らずとも、日々邁進することで視えてくるものもあるだろう。今後も鍛錬に励み、精進するのだぞ」
「は、はい!」
烏天狗は、朔夜の元気な返事に満足げに頷くと、妖宴の会が開かれる会場に向かっていってしまった。
烏天狗は、烏羽組の現頭首を務めているだけあって、剣術もさることながら、神通力にも精通しているらしい。日々部下たちにも直々に手ほどきしているそうで、平安時代には、幼少の牛若丸に剣術を教えたこともあるのだとか。
烏羽組は、強大な武力を持ちながらも、無闇な争いは好まない穏健派として名を馳せているのだ。
「ったく、親父は生真面目過ぎんだよなぁ」
唇を尖らせて不平を口にしている剣は、堅物の父親とは正反対で、明るく破天荒な性格だ。
そのため、剣が後を継いだら、烏羽組の雰囲気もがらりと変わるのではないか、などと噂されていたりもする。
「朔夜、オレらもそろそろ中に行こーぜ」
「うん、そうだね」
周りを見渡せば、雑談していた妖怪たちの姿も減り、皆会場へと移動し始めている。一緒に来ていた酒呑童子や茨木童子たちも、既に会場へと向かったようだ。
「ほら、真白も行こう」
黙って話を聞いていた真白に朔夜が手を差し出す。
真白は数秒ほど逡巡した後、ゆっくりとその手をとった。
「はは、やっぱり朔夜と真白は仲が良いな」
「うん、当然だよ!」
剣に微笑ましそうに見られていることに気づいた真白は、またフイッと視線を逸らす。対する朔夜は、嬉しそうに顔をほころばせていた。
三人は烏天狗の後を追いかけて、これから妖宴の会が開かれる会場へと足を踏み入れる。
――妖怪たちによる“妖宴の会”が、今始まろうとしていた。
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