第六十三話 麗しき九尾狐
広々とした会場内は、豪華絢爛といった言葉がしっくりくるような煌びやかな内装になっていた。
見渡せば壁際には、金色の屏風や価値のありそうな掛け軸が飾られている。足元には一面畳が敷かれていて、その外周をぐるりと囲むようにして板の間がある。
上座の方から中央にかけては特設のステージのようなものが設置されていて、そこには真っ赤な絨毯が敷かれている。
左方面の下座側には一面の大きな窓が備え付けられていて、そこからは先ほどまでいた庭園の花々を一望することができるようだ。
「わぁ、何だか凄いね……!」
「はは、朔夜は初めての参加だもんな。とりあえず、オレたちも座ろうぜ」
剣は朔夜の反応に可笑しそうに笑いながら、烏天狗が座っている上座の方に向かっていった。近くには酒呑童子や茨木童子の姿も見える。
「俺らも行くぞ」
真白に促された朔夜も足を進めようとしたが、足元でふらつきそうになっている小妖怪に気づいて、咄嗟にその身体を支える。
どうやら、豪華な料理がのせられた御膳を並べている最中のようで、これは主に下っ端の妖怪たちの仕事のようだ。上座には並んでいる御膳が、下座の方にはまだ置かれていない。
「これをあそこまで運べばいいのかな?」
続いてやってきた小妖怪も、小さな身体をよたよたとふらつかせながら御膳を運んでいる。それに気づいた朔夜は、二人分の御前をさり気なく持ってあげた。
同時に朔夜を見上げたのは、蛙のような相貌をした女の小妖怪だった。突然の朔夜の登場に呆気にとられていた様子だったが、直ぐに我に返って御膳へと手を伸ばす。
「い、いけません! これは私たちの仕事ですから!」
「そ、そうです! どうぞお座りになっていてください……!」
「大丈夫だよ。まだあそこにあるのも運ばなくちゃならないんだよね? 一緒にやれば早く終わるだろうし、手伝わせてもらえないかな?」
「で、ですが……ご迷惑になりますし……」
「ううん、僕がしたくてしてるんだよ。……駄目かな?」
その場にしゃがみ込んだ朔夜に真正面から見つめられた二匹の小妖怪は、ぽっと顔を赤らめると、ブンブンと首を横に振る。
「い、いえ、そんな!」
「むしろ助かります……!」
「本当に? ならよかったぁ。あと少しだし、頑張ろうね」
「「は、はい……」」
「(アイツはまた……)」と朔夜の無自覚な誑しっぷりに真白は辟易にも似た気持ちを抱きながらも、無言で近づいてきて、御膳を運ぶのを一緒に手伝ってくれる。
そして、協力して下座の方にも御膳を配り終えた朔夜と真白は、小妖怪たちにたくさんの礼を言われてから、先に座っていた酒呑童子たちのもとへと向かう。
「朔夜、見てたぞ。お前も隅に置けねぇな」
茨木童子に促されて腰を下ろした朔夜を待っていたのは、酒呑童子からの揶揄いの言葉だった。ニヤニヤと口許を緩めた酒呑童子は、朔夜の肩に手を回す。
しかし朔夜は言われている言葉の意味が分からずに、小さく首を傾げる。
「まぁ朔夜様のこれは、完全無自覚の妖誑しですからね」
続けられた茨木童子の言葉に、朔夜はますます首をひねった。
言葉の意味を問おうとしたのだが、しかしそこで、『カーン‼』と大きな鐘の音が鳴り響いたため、意識をそちらへと移した。
「皆様、大変お待たせいたしました。それではこれより、此度の妖宴の会を始めさせていただきたいと思います。えー、本日の進行は、尾裂狐組よりこの私、狐めが務めさせていただきます」
壇上で話しているのは、ひょろりとした体躯の男狐の妖怪だ。人型をとっており、紫色の着物をきている。その長い黒髪は、遠目から見ても分かるほどに艶やかだ。
「ではまず、通例通り、乾杯の音頭と少しの歓談の場を挟んでから、情報交換等の発言の場を設けさせていただければと思います。それでは皆様、盃をお持ちください」
朔夜の盃の中身は、茨木童子がジュースに変えていてくれたようだ。
朔夜は安心して盃を手に取る。
各々が盃を手にしたのを確認した狐の妖怪は、朔夜たち魁組の幹部と、烏羽組幹部を挟んだ向こう、同じく上座に座っている団体へと目を向ける。
「此度の乾杯の音頭は、我らが頭首、九尾狐様にお願いいたします」
壇上に上がり出てきたのは、見目麗しい容姿をしている、狐の妖怪だった。
菊の模様があしらわれた紫色の反物を身に纏い、長い黒髪は金色の簪で纏められている。臀部のあたりからは九つの白い尻尾が伸びていて、後ろでゆらゆらと揺れている。
彼は“
酒呑童子と烏天狗と肩を並べる、現在の妖界の主力三本指に入る一人だ。
「此度もこうして同胞と相見えたこと、我は嬉しく思う。今宵も愉しい宴にしようではないか」
九尾狐は常に女性のような格好をしているのだが、その声から、彼が男であることは直ぐに分かる。
九尾狐はうっそりと笑いながら、座っている妖怪たちをねっとりとしたまなざしで、順々に見つめていく。
一瞬目が合った朔夜は、何故だか微かな悪寒を感じてしまい――ブルリと肩を震わせていた。
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