第六十六話 宴の終わり



 あの後。雑談も交えた情報交換も終わり、また幾ばくかの歓談の時間を過ごした。

 朔夜は、何故か周りを魁組四天王の面々に固められながら食事を済ませ、ようやく此度の妖宴の会は、お開きの時間を迎えることになった。


 飲み足りない妖怪たちはこのまま朝まで飲むようだが、もう直ぐ日付を超えてしまいそうな時刻であるため、朔夜は一足先に帰宅することにしたのだ。


「朔夜!」


 会場を出れば、追いかけてきた剣が朔夜を呼びとめる。


「今日は久し振りに会えて嬉しかったぜ! 和菓子もありがとな。家で皆と食べるよ」

「うん、僕も嬉しかったよ。また店の方にも遊びにきてね」

「あぁ、勿論!」


 剣は次いで、朔夜の隣にいた真白に目を向ける。


「それにしても真白……お前、すげーな! あんな綺麗な剣舞、初めて見たぜ」

「別に……普通だろ」


 剣のド直球な誉め言葉に、真白はフイッと視線を逸らす。


「真白ってば照れて…って、いひゃっ! はひろ、いひゃいっては!」


 照れていると図星を突かれた真白は、朔夜の左頬を容赦なく抓った。

 それを見た剣は可笑しそうに笑っている。


「あはは! まぁ二人とも、今度はウチにも遊びにこいよな!」


 剣は大きく手を振ると、その背に黒い羽を出し、帰宅する組の者たちと一緒に、濃藍色の空へと昇っていった。


「おい、俺らも行くぞ」


 剣が飛んでいった夜空をジッと見上げていた朔夜だったが、真白に声を掛けられて、ようやく視線を下ろした。


「うん、そうだね」


 会場の外は、帰路に就く妖怪や、会場から酒を持ち出して花見をする妖怪たちで溢れている。先導してくれる真白に続いて人混みの合間を縫って歩いていた朔夜だったが、背後から感じる気配に、咄嗟に右手を持ち上げていた。


「……おや、失礼しました。そちらの御仁の肩に、花弁が付いていたもので」


 聞き慣れぬ男の声だ。振り返ればそこに立っていたのは、薄紫色の長い髪を後ろで結い上げた、長身の男性だった。

 半ば反射で男性の手首を掴んでいた朔夜は、我に返ってその手を離す。


「す、すみません。手首痛くないですか……!?」

「えぇ、大丈夫ですよ」


 男性は朔夜に微笑みかけてから、前方を歩いていた真白の方を見た。どうやら、真白の肩に付いていた花弁を取ってくれようとしていたらしい。


 立ち止まった真白は胡乱気な目で男性を一瞥してから、自身の肩を手で払う。


「……朔夜、行くぞ」

「あ、うん。あの、僕たちはこれで失礼しますね」

「えぇ。……またお会いしましょう」


 男性はにこやかに手を振って朔夜たちを見送ってくれた。


「あの人も妖怪だよね? 凄く綺麗なひとだったね」

「……」


 真白は何かを考え込むように難しい顔をしている。

 そこに、先に外に出ていた茨木童子が、会場を出てくるのが遅い朔夜たちを心配して戻ってきた。


「朔夜様、真白」

「あ、茨木童子」

「出て来られるのが遅いので、何処かで迷っているのかと思いました」

「ごめんね。混みあってるから、出るのに手間取っちゃって」

「いえ、大丈夫ですよ。前に迎えが来ておりますので、私たちも帰りましょう」


 茨木童子に先導された朔夜は、真白と共に、来た時と同じ夜朧車よおぼろぐるまに乗り込む。これは空を飛ぶ牛車のようなもので、移動手段として使われているものだ。


 外を見渡すことができる小さな物見から下を見下ろせば、ライトアップされた美しい桃色の花々が遠ざかっていく。


 五時間ほどの短い時間ではあったが、他の組のことや、妖怪達の関係性や情勢など――妖怪の世界にはまだまだ自分の知らないことがたくさんあるのだと、改めて感じた。


 未だに、自身が妖怪化したという自覚さえもが曖昧である朔夜は、何とも不思議な気持ちを抱えながら家路を辿ることとなった。



 ***


「申し訳ありません。失敗してしまいました」


 行燈がぼんやりと灯っている薄暗い部屋で、薄紫色の髪をした男がこうべを垂れる。


「……い。其方の微かな殺気に気づいたということは、あのわっぱも、一応は酒吞童子の血を継いでいるということだからねぇ。……フフ、これから面白くなりそうだ」


 九尾狐は口許を扇子で隠しながら、ニタリと愉しそうに笑っていた。


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