第六十五話 お披露目の時



「それでは、発言の場を設けたいと思います。何かありましたら、挙手をお願いいたします」


 数十分の歓談を挟み、食事をしながらまったり行う情報交換の時間になった。

 進行役の狐の言葉に真っ先に手を挙げたのは、酒吞童子だった。


「噂は耳にしてるとは思うが、俺の息子が、この間妖怪へと変化した。っつーわけだから、朔夜には正式に、魁組を継がせようと考えてる。一応報告しておくぞ」

「え、僕、組を継ぐなんて一言も……」


 朔夜は反論しようとするが、背後に控えていた男によって阻止される。

 魁組四天王を影で纏める功労者、金童子だ。そっと口許を塞がれてしまったことにより、朔夜の言葉が音になることはなかった。


「朔夜様。他の組の者の目もありますので、どうか今だけは耐えてもらえませんか。反論は後ほど頭に、直接言いましょう」


 右隣に座る茨木童子にも耳元で囁かれてしまい、渋々頷いた朔夜は、仕方なくその口を閉ざした。


「ほぅ、あれが酒呑童子殿の息子か」

「何だ、あれは人間ではないか」

「しかし酒吞童子殿の血を引いているとなれば、その妖力も相当なものだろう」


 会場に集まる妖怪たちの視線が、朔夜に一身に突き刺さる。

 ざわめく場内で、すらりとした白い手が挙がった。


「ふむ。妖怪化したとは聞いていたが……その姿、どう見ても人の者ではないかい?」


 九尾狐だった。含みのある笑みで朔夜を見つめながら、口許を金の扇子で隠す。


「魁組の跡取りとなるんだろう? その器たる妖怪だという証を、今この目で見たいものだねぇ」


 皮肉交じりの言葉に、朔夜の隣に座っている茨木童子の微笑がピシリと固まる。

 挑発するようなまなざしを向けられた酒呑童子もまた、片方の口端を持ち上げて笑っているように見えるが、その目は全く笑っていない。


「何だ、九尾狐。そんなに俺の息子のことが気になるのかい?」

「あぁ、気になるねぇ。それに我は、魁組の行く末を心配しているのさ」

「……何?」

のような者が上に立つこと組の者も賛同しているというなら、魁組は弱体の一途をたどっているのではないかと思ってねぇ」

「ほぅ、そうか。弱ぇ犬ほどよく吠えるとはよく言ったものだが……狐の間違いだったようだな」

「……何だと?」

「そっちこそ、他所の組の心配をしてる余裕はねーんじゃねぇか?」


 酒吞童子と九尾狐。互いに一歩も引かぬまま、嫌味の応酬が続く。


 一触即発の雰囲気に、蒼い顔をしている小妖怪たちの姿もちらほらと見られる。

 当事者二人の側にいる、同じ頭領という立場についている烏天狗などは、全く動じる様子もなく静かに酒を呷っているが。


 朔夜は、何故このようなピリピリした雰囲気になってしまったのか、完璧に理解したわけではなかったが……自分のせいで、組の皆さえも悪く言われていることだけは分かった。


 とりあえず九尾狐と話してみようと考えた朔夜は、腰を上げようとする。

 けれどそれは、又もや誰かの手に止められてしまった。


「俺が行く」


 真白だった。朔夜の肩をそっと押して座らせると、静かに立ち上がり、一人で壇上に上がっていく。

 真白の行動の意図を察したらしい魁組四天王の四人は、それに続くように後を追いかける。


「何だ? あのわっぱ、何をするつもりだ?」

「まだ話し中だ。余興の時間には早いぞ」


 再び場内がざわつき始めるが、真白は気にすることなく壇上の中央に立つと、腰に差していた刀を抜いて、上段に構える。


 次いで聞こえた笛の音に、その場はシンと静まり返った。

 壇上の端の方で横笛を吹いているのは、熊童子だ。いつもの気だるげな様子は鳴りを潜め、涼やかな顔で美しい旋律を奏でる。

 その他の面々も、琴や三味線といった和楽器を使って、美しい音色を紡ぎ出す。


 魁組四天王による優美な演奏に合わせて、真白は舞を踊る。――剣舞だ。

 着物の裾を翻しながら剣を振るうその姿は、桜の精を彷彿とさせるような儚い柔らかさと、洗練された美しさが感じられる。


 真白の舞は、美しい音色は、この場で見ている者を一瞬で魅了した。

 何処からか、ほぅ、と恍惚とした吐息が幾つも聞こえてくる。


 数分という短い時間ではあったが、その剣舞は、大なり小なり見た者全員を虜にしたのだ。


 呆けたままの面々の顔を見渡した真白は、最後に九尾狐へと顔を向ける。


わたくしは真白。朔夜様の一の臣下です。朔夜様とは、既に血分けの儀も済んでいます。此処は私めのこの舞にて、収めさせて頂きたく思います。この場で、我が主がわざわざ腰を上げるほどの必要はないかと思いますので」


 真白は嘘くさい微笑を湛えたまま、九尾狐を真っ直ぐに見つめて言う。


 その発言は、一見相手を敬っているようにも聞こえるが――要は「お前如きにウチの大事な主を晒す必要はない」といったところだ。嫌味ばかり言う九尾狐に対して、真白もまた皮肉を返したのだ。


 真白の発言を聞いた茨木童子は、胸中で「(真白、よくやった)」と褒め称えながらも、同時に、怒り狂った九尾狐がこの場で癇癪を起こすのではないかと懸念していた。


 その時には直ぐに矢面に立てるようにと身構えていたのだが、耳に届いたのは、罵るような声ではなく――心底愉しそうな顔をしている、九尾狐の笑い声だった。


「あっはっは! 其方、面白いのぅ」

「……どうも」

「気が強い者は、我は嫌いではないぞ」

「……」


 真白はそれに返答することなく、一礼して壇上を下り、自席へと戻っていった。

 しかし、真白の無礼に当たる態度にさえも、九尾狐は愉しそうに微笑んでいる。


 ――九尾狐は、兎に角美しいものが好きだった。

 そのため、尾裂狐組に属する妖怪のほとんどは、九尾狐のお眼鏡にかなった見目麗しい者ばかりだ。


 勿論、容姿だけに限らず、その妖力や能力も重視してはいる。

 けれど九尾狐にとっては、強さと美、どちらも兼ね備えてこそ、人間に畏怖され全ての者の頂点に立つ素質を持つべくして存在する本来の妖怪の在り方として――相応しいと考えているのだ。


「(真白、と言うたか……。あれはいいのぅ)」


 九尾狐は事が思うように進まず苛立っていたのも忘れて、朔夜に剣舞を褒められて照れくさそうにしている真白の姿を、獲物を狙う蛇のような目で、ジッと見つめていた。


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