第五十七話 二つの勇気が出る魔法



「あ、あの、朔夜さん、これは……」

「うん、凄く似合ってるよ!」


 お光を家に連れ帰った朔夜は、女性用着物の着付けも出来る茨木童子に頼んで、お光に着物を着付けてもらっていた。

 この着物は、母親が生前に着ていたものだ。酒吞童子に一応許可も取っている。


「で、ですが、いいんですか? こんなに素敵な着物を着せていただいて……」

「うん、勿論。それ、亡くなった母さんの着物なんだけど……もし母さんがこの場にいたら、同じことをしてたと思うんだ」


 朔夜はお光が着ている白地に百合の花が咲いた着物を見て、懐かしそうに口許をほころばせる。


「折角ですし、軽く化粧もしておきましょうか」

「うん、そうだね」


 茨木童子はどこから持ってきたのか、一式の化粧道具を並べると、お光の血色の悪い顔に粉をはたき、薄い唇に紅をのせていく。お光は借りてきた猫のように、大人しく固まったままだ。


「……はい、出来ましたよ」


 茨木童子に差し出された手鏡を覗いたお光は、驚きに目を見開いた。


「こ、これが私……?」


 鏡に映ったお光は、薄く化粧を施され、長い黒髪も一本挿しの玉簪でアップにまとめられている。長い前髪も綺麗に分けられて、顔がよく見えるようになっていた。

 本人の目から見ても、陰気な雰囲気がすっかり和らぎ、見違えたことが分かった。


「真白たちも見てよ。お光ちゃん、可愛いよね?」


 朔夜が声を掛ければ、部屋の外で待っていた三人が部屋に入ってきた。


 あの後、女の子には優しくしないと駄目だと朔夜に散々咎められた三人は、少しは反省した様子で、いつもよりずっとしおらしくしていた。


「うん、凄く似合ってるよ」


 お光を見て直ぐに、サラリと褒め言葉を口にした時雨に対して、残りの二人はむっつりと口を引き結んでいる。


「……別に、悪くねーんじゃねーの」


 しかし、意外にも一拍遅れて口を開いたのは、真白だった。

 お光の足元から顔までジッと見つめてから、小さな声でボソリと呟く。


 真白はこういう場面で嘘を吐くような男ではないので、本心でそう思って口にした言葉なのだろう。真白なりの精一杯の誉め言葉だった。


「あの真白くんでさえも言葉にして褒めてるのに、葵はそれが出来ないとか……相手が妖怪だからとか関係なく、普通に男として、まずいんじゃないの?」


 時雨に小声で耳打ちされた葵は、ピクリと片眉を持ち上げると、グッと何かを堪えるような、悩まし気な表情をしてから――おもむろに口を開いた。


「に、……まぁ、悪くねぇ」


 初めは“似合ってる”と口にしようとした葵だったが、謎の照れが先行し、結局は真白と遜色ない言葉を告げることとなった。

 しかしそんな不愛想極まりない言葉にも、お光は嬉しそうに顔をほころばせている。


「ありがとうございます。皆さんにそう言っていただけて、少し勇気がわいてきました」


 お光の笑っている顔を見て満足そうに微笑んだ朔夜は、壁に掛けられた時計をチラリと確認する。


「お光ちゃん、さっき氷室さんの行動は把握してるって言ってたけど、今日はまだ会えるタイミングってあるのかな?」

「あ、はい。夜の十九時半ごろに、もう一度先ほどの場所にいらっしゃいます。ご自宅に帰られた後は、大体お庭の方と家の周りを軽く見回られていますね」

「そっか。それじゃあ、見回りの時に声は掛けられそうだね」

「は、はい。ここまでして頂いたのですから……が、頑張ってみます」


 緊張した面持ちのお光を見て、朔夜はその緊張をほぐすように柔らかく笑いかける。


「ねぇ、お光ちゃん。まだ時間はあるし、最後にもう一つだけ、勇気が出る魔法を作りに行こうよ」

「え? つ、作りに……?」


 朔夜は楽しげに笑いながら、戸惑うお光の手を引いて、“勇気が出る魔法”をかけられる場所に向かった。


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